第260話 古都グレートピット

 翌日、今日もグランヴェスタ共和国の古都グレートピットは快晴である。ここ温泉街であるバーデンからはいくつかの通りが古都グレートピットへと続いていた。徒歩圏内という説明の通り視線のすぐ先にはグレートピットを囲む防壁がある。まだ午前中だというのに住民と思える人々の往来はなかなかに多い。


 そんな通りの一つをミナトがシャーロットを連れ立って歩いている。


 昨夜、王都にある自身のBarから泊まっていたオリヴィアも連れて『戯れる妖精は泡沫の夢を見る亭』へと戻ってきたミナトは、部屋の備え付けられている温泉に入って早めの就寝を心掛けた……、心掛けただけで、結果としてどうなったのかは秘密だが少なくとも元気よく起きることに成功したミナトである。


 大型犬のサイズで白狼になったオリヴィアを石鹸によって丸洗いしたところ、オリヴィアも温泉が好きになったらしい。どうやら耳に水が入るのがイヤだったようだ。その辺りはしっかりと気を付けたミナトである。普段はもふもふのオリヴィアが水にぬれてほっそりした姿は可愛かった。湯船に浸かった後、人の姿になって『獣人のような姿にもなれますよ?ほら!』の言葉と共に狼耳と尻尾を生じさせた後のことは……、ご想像にお任せする。


 そうして今朝の朝食では懐かしい食パンとベーコンエッグにソーセージの組み合わせに感動したミナト。改めてヒロシという人物の熱意に感服することになる。ここまでのパンは焼けないかもしれないが精製した小麦粉を手に入れてふわふわのパンには挑戦してみたいと思うミナトであった。


 そんなミナトはシャーロットを伴い古都グレートピットの冒険者ギルドを目指している。デボラとミオはオリヴィアと共にもう少し温泉を堪能したいらしくお留守番である。それにこれ程の美女を四人も連れて冒険者ギルドに行くとロクでもないことが起こりそうなのでそれを避ける意味合いもあった。


 ミナトはいつもよりもやや厚手の生地を使った冒険者風の装いを身につけている。シャーロットはロングスカートとやや厚手のニットという温かそうな装いに魔導士風のローブを上から羽織りフードで顔を隠していた。


「『地のダンジョン』の周りにこんな街ができるなんて……、本当に平和になったのね」


 歩きながらしみじみとシャーロットがそう呟く。


「昔は違っていたのかな?」


「ええ。二千年前にあった魔王による大戦のときこの辺りは本当に激戦地だったのよね……」


「『地のダンジョン』はその頃からあったの?」


「もっと昔からあったわよ。ダンジョンは新しく発生することもあるけれど、世界最難関とされているダンジョンはどれもこの大陸の初めからあるとされているわね」


「そうなんだ……」


「ここにある『地のダンジョン』はちょっと変わっているわよ。楽しみにしててね?」


 フードからちらりと笑顔の表情を覗かせて片目を瞑ってみせる絶世の美女エルフ。その効果は抜群である。


 そんな話をしつつ歩みを進めると防壁の一部分に開かれた巨大な鋼鉄製の扉が設置されておりそこから人々が出入りしているのが見えてきた。


「古都グレートピットもしくは各温泉街の住民票は所持していますか?」


 衛兵さんがそんなことを聞いてくる。持っていないと答えるとシステムを丁寧に教えてくれた。衛兵さんの説明によるとこの古都グレートピットの防壁内に入る場合、グレートピットと温泉街の住人は無料だが、それ以外は一人当たりディルス金貨一枚が必要とのことだった。防壁内から外へ出る際は無料である。


『ディルス貨幣』はこの世界で主要かつ最も信頼されている通貨の一つであり、日本の通貨に換算すると次のような価値となる。


 ディルス鉄貨一枚:十円


 ディルス銅貨一枚:百円


 ディルス銀貨一枚:千円


 ディルス金貨一枚:一万円


 ディルス白金貨一枚:十万円


 ディルス金貨一枚は一万円ということだ。


 騒動を起こす気もないしお金にも困っていないミナトは素直に金貨二枚を支払って問題なく古都グレートピットの防壁内へと入ることができた。


 すぐに大通りへと出る。


「ミナト!こっちよ。まずはこれを見て貰わないと!」


 そう言うシャーロットに手を引かれてミナトは大通りを進む。シャーロットに手を引かれつつ『街並みは普通かな?』などと考えていたミナトだが、


「ようこそ!これが『地のダンジョン』よ!」


 シャーロットの言葉と共に視界が開ける。


「これは……」


 そう言ったまま言葉を失ってしまうミナト。彼の視線の先、いや眼下という表現の方が適切だろう。ミナトの眼下には巨大な、あまりにも巨大な大穴が口を開いていたのである。穴の反対側までが遠すぎて直径がどれくらいあるのか分からない。


 街の中に突然現れた余りの光景にミナトはしばし呆然と立ち尽くすのであった。

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