第259話 美味しいツマミと明日の予定

 王都の秋の夜長は続く。ミナトは彼女たちに二杯目のジン・トニックを造った。三杯目のオーダーに備える傍らでちょっとした食べ物を用意する。


 まだ三杯目を決めていないシャーロットにはナッツとドライフルーツの盛り合わせを出す。一番シンプルなものだがミナト自身がマルシェを歩いて探し求めた自慢のお通しである。ピスタチオという名で見た目もそのままピスタチオなナッツを見つけた時はとても喜んだミナトであった。


 三杯目にワインと言っていたデボラにはチーズの盛り合わせ。ミモレットによく似たハード系のチーズと白カビ、青カビのチーズが少しずつ。元いた世界と名前は異なるが似たようなチーズがマルシェで売られているので少しずつ試しているミナトである。


 マティーニと言っていたミオには王都のマルシェで買い求めたピクルス。酸味がマティーニに合うと思うミナト。常連に見つからないようこっそりと買ってくるのに神経を使った。【闇魔法】である絶対霊体化インビジブルレイスの無駄遣いである。


 ラスティ・ネイルを所望したオリヴィアにはピーカンナッツのようなものに甘いコーティングが施されたものを用意する。アメリカ南部でプラリーンピーカンpraline pecanなどと呼ばれるお菓子に近い甘いナッツでその甘さがウィスキー風味のこのカクテルにはとてもよく合う。かつてアメリカ南部のナッシュビルを旅した時に食べたものと同じ味をマルシェで発見したミナトは勇んで買い求めていた。ちなみにこちらも【闇魔法】である絶対霊体化インビジブルレイスが無駄遣いされている。


「ミナトの料理も美味しいけど、こういうちょっとしたナッツが美味しいのよね!」


 塩豆に酷似したナッツを頬張りながらシャーロットは笑顔である。


「この青カビのピリッとした味と塩味が美味いのだが、マスターのいた世界では苦手な者もいたとか……。美味い物に共通の認識を持つというのは難しいものなのだな……」


 デボラはブルーチーズが好きらしい。


「ん!すっぱくておいしい!」


 そう言うミオは満足そうだ。


「甘くて美味しいですね!このカクテルにもよく合います~♪」


 オリヴィアも美味しそうにプラリーンピーカンpraline pecanを頬張る。この狼は甘いものが好きなのかもしれない。


 そうしてミナトも自分用のジン・トニックを造った。一口含むと久しぶりの味わいに心が震えるのが分かる。


「やっぱりBarにはジン・トニックが必要だな……」


 思わずそんなことを呟いてしまうミナトであった。


 今回の旅は最終目的地である『地のダンジョン』の攻略を控えた段階だが、なかなかのお酒を揃えることができた。だが、


「ラム、バーボン、ライ・ウイスキーは見つかっていない……、あとラガーのビールも見つけたい!」


 まだまだ先は長そうである。


「ミナト?明日はどうするの?」


 この世界を旅してどれ程のお酒に巡り合えるのかを想像しているとシャーロットがそんなことを問いかけてくる。ピスタチオを頬張るその姿も十分美しい。


 どうしようかと考えるミナト……。


「明日も今の宿に泊まろうか?古都グレートピットまでは徒歩圏内って聞いたから明日はグレートピットの街を見て回ろうと思う。冒険者ギルドにも顔を出しておこうかな?『地のダンジョン』に潜るのは何もなければ明後日にしようと思うけどどうかな?」


 ミナトの言葉にシャーロット、デボラ、ミオの三人が笑顔で頷く。


「わかったわ!明日も楽しみましょう」『ムフフ……、今晩も楽しみね……』


「うむ。我はマスターの言葉に従うのみだ!冒険者ギルドに行ってみるのもまた一興!」『ククク……、今晩も楽しめそうだ……』


「ん!了解!」『ん……、今晩も楽しみ……』


 少しだけ……、ほんの少しだけ彼女たちの笑みから黒いものが滲み出しているのが見えた気がするミナト。気のせいなのか目を閉じて頭を振り再度彼女たちに視線を向けるともうそんなものは見えなかった。表情に疑問符を浮かべていると、


「わ、私は東の大森林に戻っていますね……」


 オリヴィアがそう申し出る。


「なーに言ってるのよ!今夜はあなたも来るの!大丈夫!ミナトが優しく洗ってくれるって!」


「洗うのですか?わ、わたしを!?」


「そーよ!大人しくオオカミの姿で洗われなさい!」


 戸惑うオリヴィアを前にしてビシッと指を指しつつそんなことを宣言するシャーロット。まだジン・トニックが二杯だがちょっと酔っているのかもしれない。


「うむ。温泉は皆で入った方が楽しいからな!」


「ん。これは決定事項!」


 デボラとミオもオリヴィアを連れていくことに賛成らしい。ワイワイと盛り上がる女性陣。ミナトの意見が一ミリも採用されていないが最早ミナトには何の権限も残されてはいない。


 賑やかな秋の夜長はもう少し続くのであった。

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