第258話 ジン・トニック完成
ここはルガリア王国の王都。ここまで秋が深まると王都の夜もなかなかに冷える。だが大陸中から秋の味覚が集まる歓楽街の喧騒が収まるといったことはない。冒険者、騎士、商人、その他、様々なことを生業にしている者達が一日の疲れを取るためにお気に入りの店へと吸い込まれる。マルシェと呼ばれる市場だけでなく、酒場、食堂、商店、宿、娼館まで、金貨が飛び交う超高級店から銅貨一枚で足りる胡散臭い激安店までどこもかしこも騒がしかった。
そんな歓楽街の端……、通りを一本入ったところにミナトのBarはある。
グランヴェスタ共和国への旅のため最近は店を開けていない。一部のドワーフからは再開を熱望されているようだがそれをミナトが知る由もなかった。そんなBarだが今日はミナトがカウンターに立っている。カウンターを挟んだ先にはシャーロット、デボラ、ミオ、オリヴィアの美女四人が期待に胸を膨らませたとびっきりの笑顔で座っていた。
「それではジン・トニックを造ります!」
こちらも笑顔のミナトが高らかにそう宣言する。そう今日はジン・トニックを飲むための、そして眼前にいる四人のためだけの臨時営業なのだ。
トニックウォーターを手に入れたミナトはシャーロット、デボラ、ミオの三人を伴ってこの王都に【転移魔法】の
【転移魔法】
眷属の獲得という通常とは異なる特異な経緯から獲得された転移魔法。性能は通常の転移と同じ。転移元と転移先の双方に魔法陣を設置することで転移を可能にする。転移の物量および対象に関して様々な条件化が全て術者任意で設定可能。設定した条件を追加・変更することも可。魔法陣は隠蔽することも可。
トニックウォーターは問題なく入手できた。飲食店での提供を古都グレートピット周辺の温泉街に限定していたことから入手することができるのか心配したミナトだが、お土産としての持ち出しは自由とのことでさくっと購入できたのである。
素材を用意したミナトはよく冷やしたジンのボトルとタンブラーを用意する。
タンブラーに氷を入れバースプーンで軽く回す。美しい身のこなしで氷が融けた水を切った後、ジガーとも呼ばれるメジャーカップを使い流れるような所作でジンを注ぐ。そうしてジンが注がれたタンブラーを冷蔵庫から取り出したトニックウォーターでゆっくりと満たす。ライムを入れたり飾ったりする方法も多々あるが今日のところはライムを使わないことにする。
再びバースプーンを手にミナトは氷を軽く回してジンとトニックウォーターとを軽く混ぜる。透明な液体の中に美しい氷が浮かびその中を無数の気泡が上がってゆく。手の甲に一滴落として味を確認して満足そうに頷くミナト。それを四杯分。
「いつ見てもすごいわね……」
「うむ。マスターの所作はいつも美しいな……」
「ん。きれい……」
「素晴らしいですね~」
皆が感嘆の声を漏らし、カクテルが完成する。
「ライムを入れることも多いのだけど今回はシンプルです。ジン・トニックです。どうぞ…」
そう言って彼女たちの前にグラスを差し出す。
「頂くわ!」
「うむ。頂こう!」
「ん。頂きます」
「頂きます」
シャーロット、デボラ、ミオ、オリヴィアがタンブラーをその美しい唇へと運んだ。
「美味しい……、すっきりしているだけじゃないわね……。少し甘くてほんのり苦くて飲みやすい……。これはいいわ!最初の一杯はこれって感じかしら!?」
「うむ!ジン・ソーダとは風味が異なるのだな……。我としてはこちらの方が好みかもしれぬ。さっぱりとしつつ楽しめるジンの味と香りが素晴らしい。マスターが造りたがっていたのも納得だな」
「ん!しゅわしゅわ!飲みやすくて美味しい!」
「これは味と香りのバランスが素晴らしいですね。飲みやすいのでゴクゴク頂けてしまいます!」
どうやら気に入ってくれたらしい。ジン・トニックは美味しいカクテルではあるのだが、お客様から『美味しいジン・トニックを頂戴』と言われるとバーテンダーは少し困る。ジンの種類、ジンとトニックウォーターの比率、ライムを入れるか入れないか、入れるとしたら……などなどなど、ジン・トニックのバリエーションはそれこそ星の数ほどある。そのお客様にとっての美味しいジン・トニックを造る必要があるからだ。
もちろんそのBarのレシピというものもあるが、バーテンダーである以上お客様の好みで造りたい。元の世界で働いていたときジン・トニックを頼まれるとミナトはジンの種類について尋ねることにしていたものだ。
ちなみにミナトの好みはビクトリアン・バット・ジンを使ったライム無しのジン・トニックである。今日はそれに倣って味の近いジンを使用した。上手くできたと思っている。
「いつ飲んでもいいカクテルだけど、おれのおススメだとジン・トニックは最初の一杯かな?気軽に飲めるカクテルだけど美味しく造るのは結構難しいんだよ」
ミナトの説明に四人の美女は納得の表情になる。
「シンプルなものって難しいのよね。魔法も一緒よ。そしてこれは本当に美味しいわ!もう一杯頂けるかしら?」
「うむ。カクテルも魔法もその点では変わらぬな……。マスター!我ももう一杯頂きたい。そのあとはワインを頂こうか……」
「ん。ボクもお代わり!その次はマティーニを飲みたい!」
「私ももう一杯頂きたいです。その次はラスティ・ネイルを頂きたいですね」
美女たちの注文を受けて笑顔になるミナト。
「畏まりました!」
ミナトはカクテルを造り始める。一杯目がジン・トニック。やっとそれを実現できた。そのことが何よりも嬉しいミナトであった。
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