第256話 温泉街で出会うもの

 太陽が高い位置に移動してきたところでようやく復活したミナトは美女三人を伴って温泉街バーデンを見て回ることにした。シャーロットたちの言っていた朝食……、異世界から来たヒロシという人物が拘ったという食パン、ベーコン、ソーセージは実に興味深かったがそれは明日の朝食に取っておくことにする。


「確かに温泉街な感じがする……」


 昨日到着したのは夜。そのときはよく分からなかったが明るくなってから改めて街並みを眺めるとあちこちから湯気が立ち昇り街の真ん中を川が流れている。そして鼻をくすぐる硫黄の匂い。この光景はまさに温泉街といった風情である。屋台のような店舗が立ち並び、食べ物やお土産を扱っているようだ。


「屋台に関しては王都に似ているのかな……、肉の串焼き、腸詰、煮込み料理、えとせとらえとせとら……」


 屋台を眺めつつ呟くミナト。ルガリア王国の王都より規模は小さいが結構な賑わいを見せている。お土産のようなものを扱っていた店舗を覗くと、


「ミナト!木剣が売られているわ。あれって確か刀って武器よね?なんでこんな店で扱っているのかしら?」


 シャーロットが指差す先にあるのはどうみても……、


木刀ぼくとう……?」


 驚きと共に思わずそう呟くミナト。


「うむ?なぜこのような場所で武器を?」


「ん?不思議……」


 デボラとミオを首を傾げている。


「ミナト?あの……、えっと、木刀ぼくとう?を知っているの?」


 シャーロットが聞いてくる。驚きで一瞬機能停止していたミナトが動き出す。この街に関わりの深い異世界人のことを思い出し少し納得するミナト。


「そうか……、でも木刀ぼくとうって……」


「?」


 呟くミナトを表情に疑問符を浮かべたままに首を傾げて覗き込んでくるシャーロット。ちなみにミナトだけでなくシャーロット、デボラ、ミオも足回りこそブーツだが浴衣姿である。温泉街に宿泊している客はこの姿が一般的とのことでその習慣に従ったのだ。確かに周囲には同じような服装の観光客っぽい者達で一杯だ。雪駄とか草履はないらしい。


 普段は見ることのない髪をアップにした浴衣姿のシャーロットが上目遣いでこちらの覗き込んでくる様子は破壊力抜群だ。もう少し見ていたい気もするが……、


「この温泉街っておれと同じ異世界人のヒロシって人が主導して造ったって言ってたでしょ?」


「そう聞いたわね」


「この街並みは間違いなくおれのいた日本という国の温泉街を参考にして造られている。日本の観光地みたいなものだったんだよね。でね……、そういったところで何の根拠も理由もなしにああいった木刀ぼくとうをお土産として売るって習慣みたいなものがあったんだ。おれの子供のころの話でこの世界に来る直前だとそんな習慣は廃れたと思っていたんだけどね。きっとヒロシって人が決めたんじゃないかな?お土産屋を出すなら木刀ぼくとうを販売しなければならないって……。ヒロシって人がおれの生きていた時代より少し前の人なのかお土産に木刀ぼくとうは欠かせないって変なロマンの人だったのか……」


 何故か後者のような気がしてしまうミナト。どうしてかと言えば木刀ぼくとうを売っているにも拘らずペナントが売られていない。純粋にちょっと昔の観光地を再現するなら両方売る筈である。木刀ぼくとうのみというところに個人的な好みの介入を感じるミナトであった。


「へー……。根拠がないのにお土産になったの?」


「いや……、おれが子供の時からなんで観光地のお土産が木刀ぼくとうなんだ?って声はあったよ。一種のネタのようにされていた気がする……。だから何か買うにしても木刀ぼくとうは止めておこうか……」


「そうね……、そうしましょう」


「うむ。わかった」


「ん。承知!」


 そうして歩みを進めていると昼食時がやってくる。この街バーデンで何が美味しいかもまだよく分からないが、シャーロットたちがミナトの勘を信じるということだったのでミナトは雰囲気のよさそうな食堂を選択した。四人掛けのテーブル席が空いていたので店員に促されるままに席に着く。


「ハンバーガー、フライドポテト、チキンナゲット……、そして壁には大きくコーラの文字……」


 渡されたメニューを見て呆然と呟くミナト。まさかこんなメニューがあるとは想像すらしていなかった。似た料理はルガリア王国でも目にしたことがあるが料理名まで完全に一致することは経験していなかったミナト。メニューについて聞いてみると、


「このメニューは三百年前から法律で決められているものなんです。アレンジは出来ますがそれぞれの料理に具体的な定義があります。古都グレートピット周辺にある温泉街において食堂の看板を掲げる場合、これら決められたメニューを出すことになっています。そしてこのメニューをグランヴェスタ共和国の他の地域で提供することも禁じられています。他国はその限りではないですが……」


「それって……、ヒロシっていう人が……?」


「はい。彼はなる料理が作りたかったらしいのですが、余りにも困難であったためこのなる料理を提供することにしたと伝わっています。そして名物とするためこの料理を提供できる場所を限定したらしいですね」


『なにやってんだか……』


 思わずそんなことを心で呟くミナト。ヒロシ……、かなりクセと拘りの強い人物であったようだ。


「はい。こちらはドリンクメニューです!」


 元気な笑顔で店員さんが飲み物のメニューを渡してくる。


「!!!」


 ミナトの視線は一つの商品名に釘付けになった。


「これって……」


「ミナト?」


「うむ?」


「ん?どうしたの?」


 そこにはなかなかに気取った文字で……、ミナトが探しているの名前が載せられているのであった。

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