第224話 追跡開始

 ここはグランヴェスタ共和国の首都ヴェスタニアから西へと徒歩二時間。通称西の森と呼ばれる森の中である。太陽の位置から時刻は正午を少し過ぎたくらいといったところだろう。


 ミナトは生け捕りにした大烏オオガラス三匹をアイリスへと手渡した。通常、魔物を生け捕りにすることはない。魔物という存在は檻などに捕えられた場合、敵意を剝き出しにして死ぬまで檻の中で暴れることが知られている。そのために素材がダメになってしまうことがよく知られていたのだ。


 今回の目当ては大烏オオガラスの尾羽であり、そもそも空を飛ぶ魔物を捕らえるということ自体が荒唐無稽な話なのだ。ただし空飛ぶレッドドラゴンを漆黒の鎖で捕らえるなんてことを平気でやったことのあるミナトにとってその考えは全く当てはまらない。


 空飛ぶ魔物を生きたまま捕らえてくるというおおよそ意味不明な行為をいとも簡単に行ってきたミナトの行為に最初は呆然としていたアイリスではあったが、大人しく捕まっている大烏オオガラス三匹を前にして落ち着きを取り戻したらしい。古代ドワーフ文字で書かれた文献を取り出し、文献と魔物の尾羽を真剣に見比べていた。


「すいません。もう少し時間を頂けないでしょうか?」


 そうして尾羽を吟味していたアイリスがそう言ってくる。


「おれ達は構わないけど、どうしました?」


 ミナトが代表して問いかけた。


「実はこの文献に生きた大烏オオガラスの尾羽に関する記述があったことを思い出したのです。通常、魔物は生け捕りにできません。そのためあまり気にしていなかったのですが、どうやらこの文献の手順で生きた魔物から尾羽を採取すると斃して採取した場合より大きな効果が期待できる素材が手に入るようなのです。もしお時間を頂けるのであればここでその採取に挑戦したいと思いまして……」


 どうやら生きたまま捕らえた大烏オオガラスの尾羽には特殊な採取法があるらしい。ミナトはシャーロットたちと素早く念話を交わすと、


「全く問題ないですよ。ごゆっくりどうぞ。デボラ、ミオ、アイリスさんをお願い」


 そう二人に指示を出す。


「うむ。任された」


 その豊かな胸を張ってデボラがそう返す。


「ん。任せて」


 ミオもピースサインで応えてくれる。


「ありがとうございます!こんな貴重な機会は滅多にないので頑張ります!」


 嬉しそうにそう礼を述べるアイリスは文献を読み解きつつ尾羽を採取するための作業に集中するのだった。


『シャーロット。ちょっと……』


『ええ……』


 ミナトは左手に漆黒の鎖を持ち捕らえた男二人を引きずりながらシャーロットを伴って森の外を目指した。ただ引きずっているように見せているが【闇魔法】悪夢の監獄ナイトメアジェイルで捕らえた状態で少しだけ地面から浮かしているので移動に困難など微塵も感じていなかった。


 そうしてアイリスたちからは完全に見えなくなる位置まで移動したミナトとシャーロット。


「こいつらをどうしようかって考えていたんだけど、ヴェスタニアに戻って衛兵に突き出してもおれ達を襲ったって証拠がないからあまり意味がないと思うんだよね……」


「冒険者が活動中に襲われてその防衛を行うのは自己責任の範疇ってことね?」


「たぶん……。ね、シャーロット。二日前におれが言ったこと覚えてる?」


「二日後の素材採取の時に妨害でもしようものならメニモノミセテヤル!、だったかしら?」


「そう。シャーロットたちを襲った連中はその報いを受けたみたいだけどね……。だけどおれはこの二人に何もしないほど人間は出来ていない。そこで上手く行くかは分からないけど……」


 そう言ってミナトはシャーロットに耳打ちする。


「面白そうじゃない?確かにダメ元かもしれないけど何もしないよりはずっとましよ!やってみましょう!」


 ミナトの提案にシャーロットは笑顔で賛同した。


 しばらくして……、


「う……、うう……、う……」


 西の森の外れ、ヴェスタニアに至る街道まであと少しといった場所で一人の男が意識を回復する。痩せぎすのこの男、その名をゾビエという。ミナトが捕らえた二人のうちの一人だ。F級冒険者の男を再起不能になるくらいに痛めつけ、そいつが連れている美女を頂くだけの簡単な仕事、ゾビエはそう聞いて儲け話に乗ったのだった。このゾビエはもう一人のメンバーであるガロンゾと共に別行動をとったF級冒険者の男の襲撃を指示された。ちなみにゾビエとガロンゾはこういった裏の仕事では時々は顔を合わせる裏稼業仲間といった関係である。


 F級冒険者を痛めつけることなど簡単な仕事の筈だったのだが……、


「ここは……?うう……、確かあの野郎に吹っ飛ばされて……」


 まだ頭がグラついているが、意識を失う前に何があったのかを必死に思い出そうとする。最後の記憶は何か固い鎖のようなもので思い切り吹っ飛ばされたものだった。


「ちっ……。何が簡単な仕事だ……。ひでえめにあったぜ……」


 そう悪態を吐きつつゆっくりと立ち上がり周囲を確認すると……、


「あっちが街道か……?西の森の外れ……?なんでこんなところに……、って、お、おい!お前!ど、どうしたんだよ!?」


 まだ上手く回らない頭で現在位置を確認したまではよかったがその次に飛び込んできた光景に驚愕する。自分と一緒に行動していたガロンゾの肥満体が目の前の大木に黒い鎖でがっちりと巻き付けられていた。ふらつく足で近寄っては見るが完全に意識を失っており、その鎖も完全に固定されておりとても一人で取り外せるものでもなかった。


 こういった時にならず者共の行動パターンは決まっている。


「悪いな……。俺は行かせてもらう。俺達に何があったかは分からねえ……。けど残った連中が女をモノにしている頃だ。俺も報酬とおこぼれに与からねえと……。確か馬車で待ってるっつう話だったから……」


 そう磔にされているガロンゾに話しかけるよう呟いたゾビエが森の外へと向かい走り始めた……。


『…………上手く行ったみたいね』


『ああ。依頼主までは到達できないと思うけど、仲介者ぐらいには会えそうだね……』


 ゾビエに二人の声は届かない。二人のことを感知することは不可能だった。【闇魔法】絶対霊体化インビジブルレイスを発動したミナトがシャーロットの両肩に手を置いていた。


【闇魔法】絶対霊体化インビジブルレイス

 全ての音や生命反応を感知不能にする透明化に加えて霊体レイス化を施せる究極の隠蔽魔法。対象は発動者と発動者に触れておりかつ発動者が指定した存在。発動と解除は任意、ただし魔法攻撃の直撃でも解除される。追加効果として【物理攻撃無効】付き。ま、あると便利でしょ…。


『さてと……、まだ終わらないぞ……』


 ミナトはシャーロットを伴いゾビエの追跡を開始するのであった。

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