第222話 シャーロットとデボラは無双する

 グランヴェスタ共和国の首都ヴェスタニア。その近隣にある西の森。その森の中、ならず者達は翠玉色エメラルドグリーンに光り輝く刃によって周囲を取り囲まれていた。もはや退路といったものは存在していない。


「ま、魔法……?こ、これが風刃斬ウインドカッターだって?」


風刃斬ウインドカッターは一つの刃を放つ初級の風魔法じゃ……」


 後ろに控えていた幹部らしい者達が驚愕の表情で呻くようにそう呟く。この連中も伊達に裏仕事をやってきたわけではない。魔法を使えることがこの世界では貴重な才能であることについては理解していた。そして幹部クラスは魔導士または魔法使いと呼ばれる者を相手にした経験も少なからずあり、魔法が使える相手というだけで怯むことはない。だがそれは人族や亜人の常識として考えられる範囲の魔法であればの話だ……。


「お、おい……」


「ヤ、ヤバいぞ……」


「F級冒険者を殺して女をモノにするだけの簡単な仕事って話だったじゃないか?」


「そうだ!そう聞いていたぞ?」


 先ほど仲間の一人が両腕をズタズタにされたこともあり、他の連中にも動揺が広がる。話が違うと言いたいらしい。


「そこのゴミ!風刃斬ウインドカッターは一つの刃を放つ初級の風魔法?誰に教わったらそんなお粗末な魔法の知識になるのよ?それから私たちは間違いなくF級冒険者!そこは間違わないでほしいわね!」


 先ほど発言した幹部らしい男をビシッと指して憤慨したようにシャーロットが言う。その手にはF級の冒険者証があった。


「魔法の強い弱いに種類は関係しないわ!関係するのはそこに込める魔力量!そして魔力量は魔法のレベルに依存する!デボラ!お手本!」


「うむ。そこのお前!」


 シャーロットに言われてデボラは連中の一人に声をかけた。登場時にデボラを泣かせるといった冒険者崩れである。


「我をどうにかするといった先ほどの汚らしい言葉の返礼として真の魔法を味わってもらうとしよう!」


 そう言ってデボラはゆっくりと右手の人差し指をその男へと向けた。


「ひっ!た、盾だ!おい!お前の大盾をよこせ!!はやく!!」


 デボラに人差し指を向けられた男は真っ青になりながら別のメンバーが背負っていた金属製の大盾を奪い取る。どうやらかなり重く分厚い鉄の盾のようで全身を隠すようデボラに向けてその大盾を翳した。


「いくぞ……、炎槍フレイムスピア!」


 一条の赤い閃光が一瞬にして大盾をその後ろにいた男を貫いた。貫いた箇所は男の腰よりもやや下、ちょうど股間の位置で……、


「…………!!!」


 声もなく股間を抑えながら男がうつ伏せで地面へと崩れ落ちる。ピクリとも動かない。その結果と衝撃に意識を失ったか既に絶命しているのか……。その様子を至近距離で目の当たりにしたことで絶句して立ち尽くす男達。彼等は半ば強制的に理解させられていた。目の前にいるのは絶対に敵対してはいけない危険極まりない存在であるということを。


「一般的に炎槍フレイムスピアって帯状の炎を放つ魔法ということになっているわね。そしてその特徴はある程度の範囲を炎で効率的に焼き尽くせることと貫通力が少ないこととされている。こんな貫通力の炎槍フレイムスピアなんて相当なレベルのシロモノよ?それを見ることができたあなた達は運がいいわ!」


 真面目な表情でそう解説する美人のエルフ。良心の呵責といったものを一切感じさせないその口調と態度に男達は戦慄する。


「い、い、い、いやだ……、し、死にたくない!逃げ……、逃げる……、そうだ俺は逃げる!逃げるぜ!」


 そう叫んだ一人が踵を返して走り出す。しかしそこには風刃斬ウインドカッターによる無数の刃があった。無視して走り出した男の上半身がその刃に触れた瞬間、


 パン!!


 乾いた破裂音と共に男の上半身が細切れになって飛び散った。絶句していた男達の顔色は青を通り越して土の色へと変わっていく。あまりの恐怖と絶望にもう叫び声も上がらない。


「あなた達に見えるくらいに魔力を込めた風刃斬ウインドカッターに触れたらそうなるわよ。言ったでしょ?魔法の強さは込める魔力量に依存するって……」


 平然とした表情でシャーロットがそう言ってくる。


「さてと……、せっかくだからそこに浮いている風刃斬ウインドカッターと炎の魔法を組み合わせた場合の結果っていうのを見せてあげるわ。真の魔法がどんなものかその肌身に感じなさい!デボラ!炎の壁ファイア・ウォール!」


「承った!炎の壁ファイア・ウォール!」


 デボラの言葉と共に炎の壁が男達の周囲を取り囲むよう展開される。その分厚い炎の壁が風刃斬ウインドカッターの刃を飲み込んだ……、と同時に灼熱を纏った刃が取り囲んでいたその中心に向かって一気に爆散する。炎の壁ファイア・ウォールの中はさながら炎と灼熱の刃が飛び交う大嵐といった状態だ。


 その結果……、


「私たちを襲おうとした者達がどういう末路を辿るのか……、その身で存分に味わえたかしらね?」


 凄まじい魔法が展開されたのに草木一本燃えていない。そしてほんの少しの消し炭だけが残されていた。


「シャーロット様……。ちょっとやり過ぎでは?」


 デボラがそう言ってくる。


「昨日から続いていたこのいい気分を台無しにされたのよ?これくらいで終わらせてもらったことに感謝してほしいくらいだわ!」


 そう返すシャーロット。


「た、たしかに……」


 思わず納得してしまうデボラ。シャーロットがその気になれば呪い的なもので半永久的に苦しめることや光魔法に属する支配ドミネイションの魔法を使って同士討ちや肉親を殺させてから自殺させることも不可能ではない。そういったあまりよろしいとはいえない邪法とまで呼ばれる手段は全く使わなかったシャーロット。


『邪法は使用した者の心を闇へと誘う。おそらくマスターに嫌われたくなかったのであろうな……』


 ふとそんなことを考えてしまうデボラであった。

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