第220話 狩りの開始

 グランヴェスタ共和国の首都ヴェスタニア。その西側に広がっているのは通称西と呼ばれる森林地帯である。ヴェスタニアから片道徒歩二時間と少し離れてはいるのだが、それほど強い魔物が出ずある程度の素材採取が見込める森として初心者の冒険者がよく訪れる土地であった。


 そんな西の森へと到着したアイリスとミナトたち一行。


 今回ミナトたちが狙う素材は大烏オオガラスの尾羽が三枚である。大烏オオガラスはこの大陸の森であればどこでも見かけることができるという一般的な鳥の魔物である。大烏オオガラスの尾羽には道具に速度上昇の効果付与できる成分があるとされていた。


「ミナトさん。宜しくお願いします!」


 改めてアイリスがそんなことを言ってくる。


「了解……、ってもういるかな……」


 アイリスに応えると同時にミナトの索敵に木の上にいる魔物が引っかかった。距離およそ五十メートル前方といったところだろうか。


『シャーロット、デボラ、ミオ、アイリスさんをお願い。ちょっと行ってくる!』


 念話をそう飛ばすと同時に凄まじい速度で移動を開始するミナト。フェンリルであるオリヴィアをテイムしたことで得た【保有スキル】白狼王の飼い主によってミナトの身体強化魔法は劇的に強化されていた。


【保有スキル】白狼王の飼い主:

 白狼を自身の眷属として相応しい形で強化し従わせる。

 身体強化魔法の性能を圧倒的に向上させる。上限はなし。強化の度合いは任意。

 強化しすぎると人族では肉体が瓦解する危険があるので注意。

 種族が人族であるときは気を付けましょう。


「いってらっしゃい!」


「お気をつけて!」


「ん。任せて!」


 明るい三人の声を背中に受けつつ大烏オオガラスだと当たりをつけた魔物を目指して風のように森を駆け抜ける。あっという間にその距離は十メートルを切った。


『いた……、ちょっと大きい黒いカラス発見……、あれが大烏オオガラスかな……』


 心の中でそう呟くミナト。ミナト自身は大烏オオガラスを狩った経験はないがその特徴はしっかりと頭に入っている。とりあえず捕まえることにする。目的の素材は尾羽であり殺す必要はないと判断するミナト。そしてこの西の森は中々に大きな樹々が生い茂っており既にアイリスの視界からはミナトは見えていない。周囲にも特にこちらを伺う気配がないことは確認済みだ。つまり、


『【闇魔法】が使えるんだよね』


 既に射程圏内だ。


堕ちる者デッドリードライブ!」


 躊躇なく【闇魔法】を発動するミナト。


【闇魔法】堕ちる者デッドリードライブ

 至高のデバフ魔法。対象の能力を一時的に低下させます。低下の度合いは発動者任意。追加効果として【リラックス極大】【アルコール志向】付き。お客様に究極のリラックス空間を提供できます。


 今回の標的は大烏オオガラスの身体能力と意識。至高のデバフ魔法は瞬時に大烏オオガラスの身体能力を極限まで低下させ、その意識を刈り取る。大烏オオガラスの躰が木の上から落ちてこようとするが、


悪夢の監獄ナイトメアジェイル!」


 ミナトの手から無数の細い紐状となった漆黒の鎖が出現し、大烏オオガラスの躰を絡めとる。そして次の瞬間、その躰を漆黒の鎖で固定された大烏オオガラスはミナトにその両足をがっしりとホールドされていたのであった。


【闇魔法】悪夢の監獄ナイトメアジェイル

 ありとあらゆるものが拘束可能である漆黒の鎖を呼び出します。拘束時の追加効果として【スキル無効】【魔法行使不可】付き。飲んで暴れる高位冒険者もこれがあれば一発確保!


「先ず一匹!」


 ミナトは笑顔でそう独り言を呟いた。


『さてと……』


 改めて周囲を確認する。ミナトの索敵に木の上にいる鳥の魔物がさらにひっかかる。


『尾羽が三枚だから別に一匹から三枚取れそうなものだけど……、せっかくだし三匹くらい確保して戻ろうかな……。尾羽にも品質に良し悪しがあるかもしれないし……』


 そう心の中で呟きつつミナトはアイリスやシャーロットたちのいた方へちらりと視線を送る。あちらにも気になる気配が集まっていることを感じとるが……、


『シャーロット……、任せたよ!』


 ミナトは二匹目の大烏オオガラスの居場所へと駆け出すのであった。



 一方その頃、


「あ、あの……、ミナトさんは一人で本当に大丈夫なのでしょうか……?」


 アイリスが心配そうにそう言ってくる。ミナトたちの階級がF級ということもありその実力にやや懐疑的なのかもしれない。しかし、


「何も心配いらないわ!この森にミナトをどうにかできる存在なんているわけがないもの!」


 シャーロットが断言し、


「うむ。全く問題ないぞ?」


 デボラが頷き、


「ん。余裕!」


 ミオがアイリスにピースサインを示す。パーティメンバーである美女三人はまーーーーったく心配などしていなかった。


「そ、そうなんですね……」


 美女たちのあまりにも自信に溢れた様子に圧倒されるアイリスである。


「だけど……、アイリスちゃん。ちょっとこっちへ……」


 シャーロットがアイリスの手を引き自分の背後へと移動させ誰もいない樹々へと視線を送るシャーロット。


「え……、えっと……?」


 状況がよく分からないアイリス。デボラもミオもシャーロットの視線の先へと向き直っていた。


「そんなに気配が駄々洩れじゃ隠れている意味がないわ!出てきなさい!」


「気配だけではないぞ!貴様たちのきつい体臭がここまで匂ってくるわ!」


「ん!不快!」


 そう挑発するシャーロット、デボラ、ミオの三人。


「おいおい!これから楽しもうって時なんだからよ?みんなで明るくいかないか?」

「F級冒険者のカワイ子ちゃんが三人で森にいたら危険がいっぱいだぞ?」

「男のところにも仲間が行っている!美人さん方!抵抗しない方が身のためだぜ?」


 恐らくは冒険者崩れ……、舌なめずりをするような下品な笑みを顔に浮かべた典型的とも言えるならず者達がその姿を現すのであった。

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