第218話 今夜がきっと眠れぬ夜

 食後酒としてウンダーベルグのソーダ割りを造ったミナト。


 シャーロット、デボラ、ミオの三人はロックグラスを満たしている美しい琥珀色の液体を興味深そうに見ている。


「頂くわ!」


「頂こう!」


「頂きます!」


 彼女たちはそう言うと各々のグラスを口へと運ぶ。


「……なるほど……。ミナトが独特って言ったのが分かる気がするわ。ハーブによるものかしら……。確かに特有の風味と苦みがあるわね。でも私はこの香り好きよ。この苦みは味わいに爽快感もあるし炭酸水の効果もあってとてもスッキリと飲める。これ美味しいんじゃない?」


「うむ。シャーロット様の言う通りこの苦さは味わい深いな。薬草の香りがするがアブサンよりもずっと穏やかで飲みやすい。初めての味わいではあるが我もこの味は美味いと思うぞ。そしてこの味がナポリタンの濃厚なトマトソースとバターで重くなった舌をリフレッシュさせてくれる。マスターのいう食後酒の効果というやつだな」


「ん!気分爽快スッキリ爽やか!」


 口々に感想を言ってくれる。ウンダーベルグのような薬草系の酒は人によって好みが分かれることが多い。そんな味わいを三人は好意的に受け止めたようで嬉しくなるミナト。


「気に入ってくれて嬉しいよ。何か他にもカクテルを造ろうか?」


 ミナトは笑顔で言う。そうしてミナトたちは食後酒の時間を存分に楽しむのであった。


 食事が終わって部屋へと戻ったミナト、シャーロット、デボラ、ミオ。後は着替えて寝るだけ……、ではなく、


「明日以降の話をしたいと思います!」


 そう切り出すミナト。この部屋はここで打ち合わせをしたい商隊や冒険者パーティのために用意された六人部屋である。当然、ベッドの数は六つだ。様々な種族に合わせているからなのか部屋の造りは大きく、備え付けられているベッドもキングサイズと言えるほどに大きい。そんなベッド一つに深く腰かける形でミナトは先程の発言をしたのだが……、


「えっと……、皆さん……?話をするだけですから、各自のベッドにいて頂ければそれでよかったのですけれど……」


 丁寧な口調でそういうミナト。額からは一筋の汗が流れている。


「別にどこにいたって話はできるじゃない?ミナトは気にしないでいいわよ?」


 ミナトの右側からそんな言葉が聞こえてくる。ミナトの右腕をがっしりとホールドしながらリラックスムードを醸し出しているのはシャーロットである。ゆったりとしたショートパンツに薄い白シャツ一枚。腕から伝わる感触とショートパンツからスラリと伸びた美しい生足は破壊力が凄まじい。


「その通りだ!マスターは普通に話をすればよいのだぞ?」


 左下からデボラの声が聞こえてくる。ベッドに深く腰かけているミナトの左大腿部を枕にして仰向けに寝そべっていた。上は黒のシャツ一枚。大きな二つの双丘は破壊力抜群である。そして下は透け感のある黒い下着一枚だけ。目のやり場に困るとはこの時のために使う言葉だとミナトは理解した。


「ん!そうゆうこと!」


 背後からミオの声が聞こえてきた。小柄なミオの太腿辺りまでを隠すような大きめのシャツを着てベッドにうつ伏せで寝そべっている。ミオに割り当てられてベッドはあっちにある筈なのに完全にこのベッドで寝る態勢に入っていた。ちなみに下着は……、多分何もつけていない……。


『どうしてこうなった……』


 心の中でそう呟くが何も解決には至らない。


「ア、アイリスさんとの待ち合わせは二日後だから明日の話をしておきたくてね」


「ミナトは何かしたいことがあるの?買い物とか?」


「マスター!買い物に行くなら我も付き合うぞ!デートだな!」


「デボラ、ずるい!ボクもデートしたい!」


 依頼のことなど眼中にはないといった様子でこの世界でも指折りの強者である美女三人が言ってくる。


「それなんだけどさ、明日はこの宿から出ないようにしようと思う。何か必要なものがあればこの部屋から王都まで転移すれば揃えることができるだろう?」


「街に出ないってこと?あのドワーフとどこぞの商会連中を気にしているのかしら?」


 シャーロットの言葉をミナトは頷いて肯定する。


「ああ。あの連中がおれ達に危害を加えることができるとは思わない。だけど騒ぎを起こしておれ達に責任を擦り付けるような嫌がらせは出来ないこともないからね。今回の依頼はアイリスさんに大会でしっかりとした成績を残してもらうことが目的だから変な騒動を起こすのは避けたいよ」


 力でミナトたちをどうこうすることは不可能に近い。だがアイリスに絡んできた連中はこの街の有力者の可能性がある。そういった権力を使った嫌がらせにF級冒険者であるミナトができる対策は少ない。ここがルガリア王国であればウッドヴィル家などに頼んでその威光を使うことができるかもしれないが、ここはグランヴェスタ共和国である。また自分達だけなら力でどうにでもすることも可能だが、アイリスの依頼を受けている今の状況だとそれをやった場合、アイリスに迷惑が掛かるかもしれない。


「そんな理由で明日一日はのんびり過ごすことにします!」


 翌日に採取などの活動を行うのであれば、前日にその準備をするのは冒険者の常識と言ってよい。恐らく連中はそれを待ち構えているだろう。そんなテンプレ的な流れに乗っかるつもりはさらさらないミナト。


「賛成よ!明後日の朝までゆ~~っくり過ごせるってわけね……」


「それはよい!じっくりと楽しもうではないか……」


「ん。ずっと一緒……。嬉しい……」


 三人の様子がおかしい。妙な圧を感じるミナト。なにやら身の危険的なものを感じる……。


「み、みんな……、ど、どうしたのかな?」


 思わずそんなことを聞いてしまうミナト。


「ミナト……、せっかくだしオリヴィアも呼びましょう。皆で楽しむのはいいことよ……」


 妙に熱っぽい眼差しでミナトを見つめつつシャーロットが耳元で囁く。吐息が熱い……。どうやらのんびり過ごすということは出来そうにないと悟るミナトなのであった。

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