第217話 故郷の味とウンダーベルグのソーダ割り

 テーブルの上に置かれた一枚の皿。そこには四人前のパスタ料理が盛られている。色はトマトが誇る情熱的な赤。それはどう考えてもミナトの故郷である日本生まれの洋食であった。


「やっぱりナポリタンだよな……」


 フォークを時計回りに回して持ち上げたパスタをしげしげと見つめながらそう呟くミナト。一口食べてみるとトマトとバッターの風味による懐かしい故郷の味が口いっぱいに広がった。


「間違いない……。ナポリタンだ……。そして美味い……」


 そう呟く。


「美味しそうね。私も頂くわ!」


「うむ!」


「ん!」


 シャーロット、デボラ、ミオの三人もフォークを手に取るとナポリタンを食べ始める。


「美味しいわね!パスタ料理はこの大陸の北方でよく食べられるけど、肉や野菜と一緒に塩味で炒めるような食べ方が主流だった気がする……。こんな味付けは初めてだわ!」


「うむ。トマトソースの酸味と旨味がバターの油脂の味わいと一つなり濃厚なハーモニーを奏でている!そしてこの味わいが野菜や腸詰をより旨くしている!」


「ん!好きな味。トマトとバター。美味しい!」


 三人も気に入ったらしい。


「そしてこいつを少し入れるとアクセントがついて美味しくなるんだ!」


 そう言ってミナトは赤い液体の入った小瓶を取り出した。


「ミナト?それってブラッディ・メアリーに使っていたタバスコじゃない?」


 シャーロットが中身に気付く。


「その通り!おれのいた日本って国ではナポリタンにタバスコを数滴たらして食べるのを好む人が多かったんだよ」


 このタバスコは王都のマルシェに出店している商人から仕入れたものである。彼が言うにはルガリア王国の南にあるという岩塩の採掘で有名な国から入ってきたものらしい。かの国では料理に辛みを加えるときに使うということだった。


「面白いわ。使ってみるわね!」


「うむ!我もだ!」


「ん!ボクも!」


 三人ともがナポリタンにタバスコを数滴たらすことを選択した。


「この辛さがいいわね。トマトの甘みと酸味、それにバターの風味に辛さが加わって味に重厚感が加わる感じかしら?」


「うむ!これも素晴らしい。全ての味がさらなる調和を見せているぞ!この辛みは少し大人の味という感じだな?」


「ん!混然一体!」


 こちらも好評のようである。ミナトも三人の様子を見ながらナポリタンを食べ進める。懐かしいと感じる味だった。思わぬ出会いに感動していると、


「へぇ!アンタたちこの街の冒険者じゃないのにこの料理を知っていたんだね?」


 宿の女将さんがそう声をかけてきた。


「これはこの街の名物なのですか?」


 そう聞いてみるミナト。


「そうだね。この辺りは質の良い小麦が採れるからそれを使ったパスタが有名なのさ。このナポリタンができたのは今から三百年くらい前って言われているよ。三百年前、この街にいたヒロシって商人が広めたって伝わっているのさ」


「ヒロシ……?」


 思わず呟くミナト。


「この国の偉人ってやつだね。パスタ料理だけじゃない。大きな商会を作ってこの国の発展に尽力したって話だよ。グランヴェスタ共和国評議会の初代評議員の一人としても記録が残っているはずさね。ヒロシが広めたとされるナポリタンとペペロンチーノって二つの料理はこの街の定番パスタ料理さ」


『ごゆっくり!』そう言い残して女将が厨房の奥に引っ込む。


「ナポリタンとペペロンチーノか……。随分とシンプルな料理を残したものだ……。多分、三百年前だと食材も限られていたかもしれないね」


 ミナトの言葉にシャーロットが反応する。


「ミナト!そのヒロシって異世界人かしら?」


「それはほぼ間違いないと思う。それもおれと同じ日本人だろうね」


 ミナトはそう言って頷いてみせる。ナポリタンという料理をこの街に広めたヒロシ。どう考えても日本人としか思えなかった。


『だけど三百年前か……。ペペロンチーノは分からないけどナポリタンは絶対に三百年前の日本にはなかったはずなんだよね。だとすると異世界に転移するときにどの時代になるかランダムってことなのかな……?たしかそんな設定のラノベがあったような気が……』


 そんなことを考えるミナト。


「ミナト!だったらミナトならこのナポリタンとかペペロンチーノってやつを作ることができるの?」


 思案に暮れていたミナトに目を輝かせてシャーロットが聞いてきた。


「我もその件に興味がある!流石はシャーロット様!マスターに作って頂く料理は最高だからな!」


「ん!シャーロット様!ナイス!ボクも気になる!」


 デボラもミオを同様だ。どうやらナポリタンが相当に美味しかったらしい。ミナトは考え事を中断し笑顔で応える。


「ああ。ナポリタンもペペロンチーノも作れるよ。その他でおれが得意にしているのはカルボナーラとアラビアータだね。どちらもめっちゃ練習したからな……。かなり自信があるよ!」


 ミナトの返答に三人の目がよりいっそう輝いた。ミナトはこの街でパスタを仕入れ王都に戻ったら自慢のパスタ料理を作ることを約束したのである。


 そうこうして四人が食べ終わったころ……、


「食後酒を作ろうと思います。ウンダーベルグのソーダ割り!」


 そう宣言するミナト。


「いいわね!楽しみだわ!」


「うむ。興味深い!」


「ん!」


 お誂え向きに今この食堂にミナトたち以外の客はいない。飲み物は持ち込み歓迎だったはずである。ミナトは【収納魔法】の収納レポノで亜空間からロックグラスを四つ取り出す。


「シャーロット!それぞれのグラスにちょうどいい大きさの氷を二個ずつ宜しく!」


「任せておいて!」


 シャーロットが笑顔でロックグラスに手をかざす。グラスが青い光に包み込まれると同時に、


 カラン、カラン……、


 そんな音と共に四つのグラスに氷が出現した。ウンダーベルグの小瓶を取り出すと中の液体をロックグラスへと注ぎ入れる。一杯につき一本だ。


「ミナト?ソーダ割りってことは炭酸水が必要よね?」


「ああ。よく冷えたのを静かにグラスへと注いでくれる?」


「お任せあれ!」


 再びシャーロットがグラスへと手をかざす。途端に溢れる青い魔力の光。それと同時にロックグラスへと透明な炭酸水が注がれた。それを確認したミナトはバースプーンを取り出し静かに軽く混ぜ合わせる。手の甲に一滴落としての味見……。その姿はいつ見てもとても絵になる光景だ。そしてそれを四杯分。


「うむ。シャーロット様との連携もそしてその所作もいつ見ても鮮やかとしか言えぬほどに見事なものだ」


「ん!凄い!」


 デボラとミオが感心しているのを視界に捉えつつミナトはロックグラスを三人の下へと差し出した。


「どうぞ!ウンダーベルグのソーダ割りです。今回みたいなバターがたっぷりの濃厚なナポリタンとかの食後酒には合っていると思う。ちょっと独特な風味のお酒だけど気に入ってくれるかな?」


 そう言ってミナトはいつもの笑みを浮かべるのであった。

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