第216話 今夜の宿で出された料理は……

 シャーロット、デボラ、ミオの三人に集まる視線を気にすることなく冒険者ギルドを後にしたミナトたち。その後は特に問題も発生することなくアイリスの案内で彼女の実家である工房に到着する。未だ病の床についているというアイリスの父親に会うことはできなかったが、母親は冒険者が見つかり大会に出ることができることを聞くととても喜びミナトたちを歓迎してくれた。


 二日後の素材採取に赴く際の集合時間を確認し、ついでにウンダーベルグ四本をきちんとお金を払って譲ってもらった。そうして話し合いが完全に終了する。アイリスの工房を出ると日は既に落ち辺りは暗くなっていた。アイリスの工房があるこの辺りだと夜は割と早めに静かになるようだ。ミナトたちはアイリスに教えて貰った宿を目指すことにする。


「『銀狐と戯れに振るうつち亭』か……、相変わらず宿の名前がファンタジーだ……。それにちょっと日本風な気もする……?」


 そんなことを呟いてしまう。グトラの街で泊った宿は『ドラゴンと踊る鍛冶亭』だった。他国のことはよく分からないがグランヴェスタ共和国は宿の名前をファンタジーにする習慣があるのかもしれない。まだ標本数は二つであるにも関わらずそんなことを考えてしまうミナトである。


 グランヴェスタ共和国の首都ヴェスタニアは東西南北の区画でその特徴が大きく異なっている。現在、ミナトたちは東にある職人たちが多く暮らす地区にいるが、多くの宿は南にある居住地区に集中しているということだ。目指す宿である『銀狐と戯れに振るうつち亭』はその中でも東の職人地区に近い場所にあるらしい。


 アイリスに教えて貰った通りに道を進むと、大きな看板に『銀狐と戯れに振るうつち亭』と書かれた二階建ての建物が登場した。


「いらっしゃい!」


 明るい声で応対してくれたのは五十代くらいの人族の女性。


「泊りかい?うちは夕食付きで二人用が一泊ディルス金貨で二枚だよ」


 気風の良い女将さんといった印象だ。ディルス金貨一枚は約一万円といったところである。


「では四部屋……」


「四人で泊れる部屋はあるのかしら?」


 ミナトの言葉を豪快に遮る形でシャーロットがそう言い放つ。


「夜にパーティで打ち合わせがしたいって商人や冒険者もいるからね。用意してあるしちょうど空いているよ。だけど六人部屋なんだ。夕食付きで一泊ディルス白金貨で一枚だけどどうする?」


 ディルス白金貨一枚は約十万円である。


「それでお願いするわ!」


 そう断言し何の躊躇もなくディルス白金貨一枚をカウンターに置くシャーロット。


「まいど!部屋にはシャワールームが備え付けられているから使っておくれ。今夜の食事はどうする?いらないって言われても金額は変わらないけどね。それとうちでは水と別料金でエールは用意してあるけど飲み物は持ち込み自由だから好きにやっとくれ」


 女将さんがそう言ってきた。今夜はもう遅いし宿でゆっくりした方がよいとミナトは考える。ささっと念話を飛ばしてみると全員がミナトの意見に賛同してくれたので、


「お願いします!」


 代表してそう答えるミナト。


「あいよ!食事の準備に一時間くらいかかるからそれまでに旅の汚れを落としておいで!食堂は一階の奥にあるからね。それとこれが部屋のカギだよ。あんたたちの部屋は二階の一番奥。一部屋だけドアの模様が違うから行ったらすぐに分かるさ」


「ありがとうございます」


 そう答えてカギを受け取るミナト。


「ふふん。うちは商人のお客も多いから壁は防音仕様になっている。人生楽しみな!」


 何を想像したのかニヤリと笑った女将がそんなことを言ってくるが、その言葉を華麗にスルーして部屋を目指すミナトである。


 そうして一時間と少し後、絶世の美女三人からの一緒にシャワーを浴びようという男であれば絶対に抗うことのできない誘惑にあっけなく陥落したミナトは多少疲れた様子でシャーロットたちと食堂まで降りてきた。


 そこで出された料理とは……、


「これって……、どう考えてもナポリタンだよな……?」


「なぽりたん?このパスタ料理の名前?」


「マスターはこの料理を知っているのか?」


「ん。前の世界の料理?」


 風呂上がりだからか艶々としているシャーロット、デボラ、ミオがそう聞いてくるが受けた衝撃の大きさから固まってしまうミナト。


 トマトによるソースで赤く火入れされた麺料理を前にしてミナトはそう呟かずにはいられなかった。それ以外の具材は細切りにされたピーマンとタマネギらしき野菜に薄く斜め切りにされた腸詰のみ。粉チーズを思わせる砕かれたかろされたかした固いチーズの粉末が振りかけられ、顔を近づけなくてもトマトとバターの香りがここまで届く。誰がどう見てもその料理はナポリタンなのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る