第211話 依頼主とF級の冒険者

 グランヴェスタにある冒険者ギルドの会議室にアイリスとケイヴォンが呼び戻される。その入れ替わりに『あとはお前たちに任せた!』との言葉と共にギルドマスターであるラーモンドとギルド職員が退席した。


 会議室に残されたのは依頼主となるアイリス、紹介者のケイヴォン、ミナト、シャーロット、デボラ、ミオの六人。ミナトはケイヴォンに視線を定める。ビクっと震えつつミナトの視線に気付くケイヴォン。


『紹介者なんだからきちんとしろ!』


 ミナトの視線がそう語っていると感じたケイヴォンが、


「アイリスさん!改めましてだけど、アイリスさんの依頼を受けてくれる冒険者のみんなを紹介するよ。パーティーリーダーでF級の冒険者のミナトさん。そしてパーティーメンバーで同じF級冒険者であるシャーロットさん、デボラさん、ミオさん」


 改めてケイヴォンに紹介されるミナト一行。


「ミナトです。普段はルガリア王国の王都で冒険者をしているのだけど今回はグランヴェスタ共和国に遠征してきたってところかな?宜しくお願いします」


 ミナトが代表して立ち上がり頭を下げつつそう挨拶をした。


「ミナトのアニキたち……、えっと……、こちらがアイリスさんあの依頼を張り出していた依頼主です」


 ケイヴォンが戸惑いつつもミナトにアイリスを紹介する。立ち上がったアイリスが、


「私があの依頼を出したアイリスです。この度は依頼を受けて頂いたこと感謝します」


 そう言って頭を下げた。


「とりあえずおれ達が依頼を受けることは決定でいいかな?」


「ええ。こちらからもお願いします」


 ミナトの確認にアイリスはそう答えた。


「では、依頼の詳細について詰めたいのだけど……」


 そう言うミナトの手元には依頼票がある。


『依頼内容:大会用素材採取依頼、達成条件:近郊のダンジョン『カエルの大穴』から水属性の魔石(極小よりは大きい物)五個、大烏オオガラスの尾羽三枚、依頼者:武具職人アイリス、報酬:ディルス金貨十枚、魔石の種類による報酬の変動は無し』


 ちなみにディルス金貨十枚とは日本円で約十万円である。


「アイリスさん!ホントにこの依頼票の素材でいいのか?アニキたちはF級冒険者だけどドラゴンの鱗でも朝飯前ってくらいものスゲー凄腕だぜ?」


 ケイヴォンの前でドラゴンの鱗が入手できるなどと言った覚えはないミナト。ケイヴォンからのキラキラとした賞賛の視線がちょっと痛い。


『ドラゴンの鱗ね……。デボラ!ミオ!君たちの抜け落ちた鱗ってたしか……』


『うむ。我としては使い道もないただの鱗なのだが念のためということで店の倉庫にしまってあるな……』


『ん!ボクのもそこに置いてある!』


 レッドドラゴンやブルードラゴンといった世界の属性を司るドラゴンの鱗は定期的に生え代わるものらしく、抜け落ちた鱗はBarの倉庫に保管してある。そう言う意味では朝飯前に入手可能というのはあながち間違っていない。


『それに里に行ってマスターが命令すれば鱗も牙も……、それどころか命を差し出す者には事欠かないだろう。全身の素材一式くらい訳もないと思うのだが……。もちろん我でも問題ない!』


『ん!ボクの里もたぶん同じことになる!魔王様の命令はゼッタイ!そして命を差し出す一番はボク!』


 とんでもないことを言ってくる絶世の美貌を誇るドラゴンたち。


『今から言っておきます!そんな命令はゼッタイに出しません!』


 どうやらレッドドラゴンとブルードラゴンの素材は取り放題らしい……、が当然の如くそんなことはしないと断言するミナト。


『もちろんダメよ。そんなことをすると世界の属性バランスに深刻な影響を及ぼしかねないわ。それにレッドドラゴンやブルードラゴンの素材って言ったら鱗一枚の争奪戦で国家間の戦争が起きかねないわよ?お店に置いてある鱗は当分の間は塩漬けね』


 シャーロットが落ち着き払って言ってくる。ミナトの背中に冷汗が流れた。どうやら世界のバランスを崩しかねない行為がミナトの一声で実現されるらしい。そんなミナトのことなど気にすることもなく。


『うむ。偶には別の形でマスターの助けになりたかったのだが……』


『ん。無念……』


 そんなことを言っているドラゴンの二人であった。こんな感じでミナトたちが念話でわちゃわちゃと話していると、


「ケイヴォン君、提案をありがとう。でもごめんなさい。今回の大会で私が造りたいものは決まっているの。その制作に必要な素材が依頼票の素材なのよ。だからミナトさん達には依頼票に書いてある素材の採取を手伝ってもらうことにするわ。それにドラゴンの素材だと私達の資格では大幅な減点の対象でしょ?」


「ご、ごめんなさい。そうだった……」


 アイリスの冷静な反応にケイヴォンは頭を掻きながら謝罪の言葉を述べる。


 アイリスやケイヴォンの資格ではE級とF級の冒険者にしか依頼はできないし、その報酬の上限はディルス金貨十枚までと決められている。入手出来て扱えるからといって自分たちの資格から大幅に逸脱した高級な素材を使うのは減点の対象になる。これをミナトたちに教えてくれたのは他でもないケイヴォンだった。


 そんなケイヴォンを視線の端に捉えつつ、


「アイリスさん。この依頼票に書かれている素材の採取はおれ達だけで行ってしまっていいのかな?」


 ミナトは本題として聞きたかったことを問いかける。小さい魔石を落とすカエル型の魔物との戦闘も大烏オオガラスの尾羽の採取もミナトたちにとっては造作もない依頼だ。


「いえ……、その点についてはお願いがあります」


 ミナトの問いに首を振りつつ応えるアイリス。ミナトは周囲の誰に気付かせることもなくほんの少しだけ目を細める。アイリスの目はミナトたちをしっかりと見据えている。いい目だとミナトは思った。情熱を持って作品の制作に臨む職人の目である。


「今回の素材採取は私も同行させて頂きたいのです。その理由をこれからご説明します」


 どうやらそこまですんなりと完遂できる依頼ではないらしい……。ミナトは気合を入れ直しアイリスの話に耳を傾けるのであった。

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