第204話 若手職人の願い

 秋の太陽が徐々に傾き始める。ミナトたちはグトラの街から首都ヴェスタニアへと至る街道でその歩みを進めていた。地図の情報やグドーバルの話によると、もう少しで小さな宿場町のようなところに着くらしい。今日はそこの宿で一泊する予定となっていた。


 そんな道中でミナトはケイヴォンからの話を聞く。


「おれ達は今度の大会に出場するんだ。おれとリーファンは二人で組んで出場するんだけど、おれはアイリスさんって先輩の職人にも出場してほしいんだ!それにはアニキの力が必要なんだよ!」


 ケイヴォンの最初の説明がこれであった。まだ状況がよく分からないミナトである。


「アイリスさん?大会?」


 そう聞き返すとグドーバルが、


「アイリスはまだ若手の職人で父親の工房で見習いをしておる。父親は儂の古い馴染みなんじゃ。それより先ずは大会について知ってもらおうかの。ヴェスタニアでは何年かに一度、若手たちが腕を競うための大会が開かれるのじゃ。分野は大きく分けて武器、防具、魔道具の三種類。魔道具に関してはもう少し細分化されるがの」


 と補足をしてくれた。


「若い職人のためのコンクールがあるのですね?」


 そこは理解したミナト。


「うむ。独立して工房を構えていないことも出場の規定に入っておる。そして分野だけでなく職人の経歴によっても組み分けがされる。ケイヴォンとリーファンは一番下のクラスじゃ。一番下のクラスと言っても経歴が短いだけで腕利きも参加する場合があるがな。そしてこの大会で優秀な作品を造った者には独立する際にグランヴェスタ共和国評議会からの肝入りで様々な優遇措置が受けられるのじゃ」


「なるほど……」


 大会の仕組みについては大体理解したミナト。シャーロット、デボラ、ミオの三人も頷いている。


「それでその大会に冒険者がどう関係してくるのですか?」


 これが聞きたかったミナト。ケイヴォンの様子だとこの大会は冒険者が必要になるらしい。


「この大会は若い連中が独立した場合のことを想定して行われる。作品に使用する素材は全て自分達で集める必要があるのじゃ。炉に使用する燃料など一般的に使われる素材は規定量を主催者が用意するが、作品の肝となる素材は各自が冒険者を雇いその冒険者が入手した素材のみを使用することになる」


「それって……、どうやって素材の管理を……?」


「この大会には冒険者ギルドが全面的に協力をしてくれておる。職人から依頼を受けた冒険者が入手した大会に用いる素材は冒険者ギルドで全て大会参加者ごとにリスト化されるのじゃ。リストに載っていない素材を使ったら失格じゃな。そして審査当日には雇った冒険者も同席が必須となる。これは嘘を看破する特殊な魔道具を使用して、素材入手の経路が他店での購入などではなく冒険者自身で入手したものかを確かめるためじゃ。そのため素材の入手経路を欺くことはほぼ不可能と言ってよい、といっても毎回それに引っかかる冒険者はいるがな?」


「冒険者が依頼者に秘密にしたまま入手経路を偽っても職人が失格になるってことですか?」


 ミナトの問いにグドーバルが力強く頷いた。


「その冒険者の本質を見抜けなかった職人の責任という考え方じゃよ。独立して工房を構えた場合、難しい素材はその採取を冒険者に依頼することが大半となる。信頼できる冒険者を見抜く目を養ってほしいというところじゃな」


「なるほど……」


 冒険者の関わり方について思わず納得するミナト。なかなかに本格的な大会のようである。


「それでさ!おれはミナトのアニキにアイリスさんの冒険者になってほしいんだよ!」


 そうケイヴォンが言ってくる。


「おれ達はF級冒険者だけどそれは大丈夫なのかな?」


 とりあえずこれを聞いてみる。F級冒険者は最底辺の階級だ。基本的には駆け出ししかいないことになっている。


「それは大丈夫!おれとリーファンもアイリスさんと同じ一番下のクラスで依頼できる冒険者はE級とF級って決まっているんだ!おれはリーファンと組んで一緒に大会に参加する。複数人で工房を立ち上げることもあるからってこういうのも認められているんだ。そしておれ達は幼馴染のE級冒険者に依頼を出しているんだよ」


 ケイヴォンとリーファンは幼馴染の冒険者と共にこの大会に臨むらしい。


「E級とF級ならグランヴェスタ共和国の首都であるヴェスタニアだったらいくらでもいそうだけど、どうしておれ達に?」


 それが気になった。ケイヴォンは真っすぐにミナトを見つめる。


「アイリスさんはおれより少しだけ先輩だけど才能が有ってとても腕がいいんだ。だけどそれを妬んだ金のある若手連中がおっきな集団を作ってヴェスタニアのE級とF級冒険者全員に大会のための大口の依頼を出しやがったんだ。この大会では冒険者はソロでもパーティでも一件の依頼しか受けられない仕組みで、幼馴染だったE級冒険者のみんなはおれ達の依頼があるってそれを断ってくれた。だけどアイリスさんが依頼を出せる冒険者がいなくなっちまったんだよ」


 複数の職人が組んでの大会出場は認められるとは聞いたがそんなことが許されるのだろうか……、そう思ったミナトはグドーバルに視線を向ける。


「アイリスの状況は把握しておるよ。病で臥せった親父さんの看病を優先させたため出遅れたのが痛かった。じゃが冒険者との諍い、商売敵となる工房との諍い、どれも独立した職人が避けては通れぬ道じゃ。現時点で運営は動いておらんな。もちろん違法行為や暴力に訴えるようなことがあれば厳粛に対処するじゃろうがの。この大会を取り仕切っているギュスターヴ卿はグランヴェスタ共和国評議会の重鎮で温厚じゃが相当に切れる御仁じゃ。冒険者ギルドから既にこの状況の報告は上がっているじゃろう。それでも運営が動かないのはこの状況にアイリスがどう向き合うのかを見ている可能性が高いと儂は思っておるのじゃ」


「そのギュスターヴ卿という方は参加者一人一人の動向を把握しているのですか?」


 そうミナトは聞いてみる。


「これまでに開かれた大会を観てきた者達は誰もそのことを疑わない筈じゃ!」


 グドーバルにそう返され頷くミナト。


「依頼できる冒険者がいないときにことは問題ないんだ!だからアニキ!お願いだ!アニキをアイリスさんに紹介させてくれ!」


 大体の状況は理解できた。それと同時に今夜宿泊する小さな町が見えてくる。ミナトはケイヴォンの願いをどうするのかについて考えるのであった。

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