第203話 ミナトはお願いされる

「そ、そうじゃな。ぼ、冒険者という者達は常に奥の手を隠し持っているからの……、そ、そういう……、そういうことにしておこうか……、だ、大丈夫じゃ!儂は知らん!何も見ていないからな!?」


 我に返ったグドーバルにミナトが『あの魔法は冒険者の秘密ということで一つ宜しく』と笑顔で伝えたときの返答がこれである。後半が悲痛な声色になっていたような気もするが……。


「どうしたんだよ師匠!魔王に睨まれてような顔しちゃってさ!」


「ほんとです!大丈夫ですか?」


 ケイヴォンとリーファンが言ってくるが、


「お前たちも先ほどミナト殿が使った魔法のことは他言無用じゃぞ?」


 厳しい表情でそう返された。一瞬、キョトンとした表情になった二人だが、何かを感じ取ったのか、


「分かったよ!」


「はい、分かりました」


 一応は神妙な表情でそう答えるのだった。そうして一行は出発することを決めた。


『別に脅したりしてないのに……』


 歩きながらそう零すのはミナト。前方にミナトとシャーロット、後方にデボラとミオという布陣はそのままだ。


『ミナト!あの魔法を見せられた後に笑顔であんなことを言われら……』


『ダメだった?』


 ミナトの念話にシャーロットはジト目でこちらを見つめてくる。そしてニヤリと笑った。


『魔王から脅迫にあった感じかしら?』


『ぴ?』


 シャーロットの言葉に思わず変な音が出るミナト。


『ま、グドーバルが先ほどの水球ウォーター・ボールの話を他人にすることはないだろう。魔王様との秘密の約束だ。誰だって命は惜しいからな』


『ん!魔王様との契約は絶対!破れば命の保証はない!』


 振り向くとデボラとミオも何故かニヤリと笑みを浮かべつつそんな念話を飛ばしてくる。


『誰が魔王だ!だれが!』


 とりあえずそう反論してみる。


『デボラ聞いた?回復や浄化に用いられることの多い水魔法を鈍器にするという物騒な魔法を作っておいてまだ自分が魔王じゃないって言っているわよ?』


 とシャーロット。


『とんでもない勘違いですわ奥様!あんなアブナイ魔法は魔王軍でも開発していなかったと記憶していますのに……』


 デボラの口調がなんかおかしい。あることないこと言われてしまう恐怖のご婦人会のテンションである。


『ん!芸術的な魔法のセンス!』


 ミオは褒めてくれるようだ。可愛らしいミオの容姿と相まってちょっとほっこりするミナトだが……、


『ん!さすがはマスター!当代の魔王!』


 ダメだった。


『すいません。魔王じゃないんです……、しくしくしく……』


 心の念話で涙するミナト。そんな感じでわちゃわちゃと念話でやり取りをしていると、


「あーあ!でもミナトのアニキがこんなに強いって知っていたらアニキに依頼すりゃあよかったな!」


 御者台にいるケイヴォンがそんなことを言いだした。とりあえず兄ちゃんからアニキに格上げされたらしい。そういうことにしておこうと思うミナト。


「ばかもん!冒険者に不義理をしてはならんと教えたであろうが!!」


 グドーバルがケイヴォンの頭にアイアン・クローを決める。


「ちょっ?ちがう!ちがうって師匠!アニキの強さを見てちょっとそう思っただけだって!」


「全くお前という奴は……」


 ギリギリと力を込めるグドーバル。


「イタイ!イタイって師匠!あいつらは幼馴染だから!おれ達は依頼を撤回してりしないって!」


 そんなやり取りが繰り広げられる。


「おれたちのパーティに依頼を?」


 そう問いながら御者台を見上げるミナト。そこで師匠からのアイアン・クローで涙目になっているケイヴォンと視線が合う。一瞬、ケイヴォンの目が輝く……、それは何かを決意した目だとミナトは感じた。するとケイヴォンがグドーバルのアイアン・クローから抜け出し御者台を飛び降りてミナトの前に立つ。そして深々と頭を下げた。


「アニキ!一生のお願いだ!おれの知り合いの依頼を受けてくれ!!」


 唐突な展開にミナトは首を傾げてみせる。


「これケイヴォン!何を言っているのじゃ!?」


 慌てて馬車を止め御者台から降りてくるグドーバル。


「師匠!アイリスさんの護衛をアニキにして貰うんだよ!アイリスさんもおれ達と同じでE級かF級冒険者にしか依頼は出せない。だけどヴェスタニアにはアイリスさんの依頼を受けてくれる冒険者がいない……。アニキなら……、アニキたちのパーティはみんなF級冒険者なんだろ?だったら……」


 頭を下げたまま必死にそう話すケイヴォン。


「そ、それはお前……」


 グドーバルが困ったように押し黙る。御者台に残されたリーファンが心配そうに見つめている。


 ミナトは頭を下げ続けるケイヴォンを見た。彼の背中が震えている。その必死の様子に何か事情があるらしいことは分かった。ちらりと視線を送るとシャーロット、デボラ、ミオの三人が笑顔で頷き返してくる。決断はミナトに任せてくれるようだ。


「顔を上げて!先ずは話を聞かせて貰えるかい?」


 ミナトはケイヴォンの話を聞くことに決めたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る