第202話 戦闘で魔法を使ってみたが……

 見事に晴れ渡った空の下、


「はー、やっぱりこうなった……」


 ミナトは十頭を超える狼型の魔物と対峙しながらため息混じりにそう呟く。


 ここはグトラの街から首都ヴェスタニアへと至る街道。草原が広がるこの辺りは見通しが良い。ミナトの三十メートルほど後方ではシャーロット、デボラ、ミオの三人が馬車を護っていた。


 魔物の接近を感じたミナトは自分が迎え撃つことをシャーロットたちに伝えこのような布陣を取ったのである。馬車の御者台ではグドーバルと彼の両隣に座っているケイヴォンとリーファンがこちらにミナトに視線を送ってくる。双子の兄妹の瞳がキラキラしているように思えるのはきっと気のせいだろう。


 ミナトが対峙している魔物はダークウルフ。名前は仰々しいが草原で遭遇する比較的よく見かける魔物とされている。毛皮と魔石が僅かながらの金額で取引できる魔物で冒険者になったばかりの新人が序盤で相手にする魔物の一つだ。しかしそれはダークウルフが単独で行動している場合の話。この魔物はごく稀に群れを作ることがあり、その場合は連携して攻撃をしてくるため、非常に危険とされていた。特に十体以上の群れを討伐するとなると複数のD級冒険者パーティか大事を取ってC級の冒険者パーティに依頼が出される案件となる。


 そんなダークウルフがミナトの視線の先に十五頭。これは正にごく稀な状況である。魔物はミナトを中心に半円状に彼を取り囲み、ミナトの攻撃が届かないであろう距離をとって飛び掛かるタイミングを見計らっているようだ。


『【闇魔法】はあの子たちに見せるべきじゃないよね。草原で炎を使うか……?延焼させない自信はあるけどそれをやったら魔力操作をなんて言われるか……、程々の攻撃ね……、という訳でこれにしよう!』


水球ウォーター・ボール!」


 ミナトの言葉と共に握り拳くらいの水球が五つ、彼の周囲へと出現する。そしてミナトが右手をダークウルフの群れへと向けた瞬間、水球が素晴らしい速度でダークウルフへと放たれた。五つの水球の内、三つが前方にいたダークウルフに直撃する。どうやら水球にはかなりの硬度があったらしい。骨の折れる嫌な音と共に三体のダークウルフがその頭を砕かれて絶命した。


 想像すらできなかった事態に直面して恐怖に駆られたのか、ダークウルフたちが散り散りになって逃げ始める。背後の馬車を護るため後ろに通さないようさらに水球ウォーター・ボールで追撃する。全滅させることは考えていない。今は護衛対象である馬車が無事であればよいのだ。さらに二体を斃したところで、ダークウルフは完全に撤退した。


水竜の息吹アクアブレスで作った水球ウォーター・ボールは強力みたいだ。流石は【眷属魔法】!』


 ミナトはそんなことを考えてる。水魔法に適性のないミナトに水球ウォーター・ボールは使えない。だが、ミオと出会った時に手に入れた【眷属魔法】である水竜の息吹アクアブレスを応用すれば水の球を創造し打ち出すことができたのだ。


【眷属魔法】水竜の息吹アクアブレス

 極めて高位の眷属を従えるという類稀な偉業を達成したことによって獲得された眷属魔法。ブルードラゴンを眷属化したため取得。水竜の息吹ファイアブレスが放てます。口だけではなく任意の場所から発動可。もちろん生活用水としても使用できます。ちなみに水質は極上です。やっぱり水は必要でしょ?


「すっげー!ホントにすっげー!!あの魔物って師匠が危ないって言っていた群れを作ったダークウルフだよな?魔法の一撃で三体、合計で五体、どれも瞬殺だ。魔物は逃げてくし、武器も防具も使っていないし……、魔法ってこんなに強いのか?」


「あたし……、初めて見ました……、こんな強力な攻撃方法があるなんて……」


 ケイヴォンが興奮気味に、リーファンが驚愕した様子でそんなことを言っている。


「……」


 ちなみに絶句しているグドーバルの顔面は蒼白だ。


『もっと小さい水塊を無数に作って絨毯爆撃もできるし、的確に一度に全ての頭を射抜くような精密射撃もできたけど、これくらいなら実力を隠してちょうどいい戦いができたかなっと……』


 そんなことを考えながら周囲の安全を確認しつつ馬車に戻ってくるが……、


『ミナト!ミナト!』


 飛ばせるギリギリのところに立っているシャーロットから念話が飛んできた。


『シャーロット?』


『ミナト!あの魔法は……、ナニ……?』


 何やら念話に冷汗が滲んでいるイメージが付与されているような気がするミナト。


『えっと……、水竜の息吹アクアブレスで作った水球ウォーター・ボールかな?』


 正直に回答するミナト。それを聞いたシャーロットがちょっと離れてところで眉間を抑えつつ目を閉じて俯いた。デボラとミオも俯いている。


『え?何か違ってた?』


『あのね……、攻撃として使う場合の水球ウォーター・ボールって魔法は水塊を相手にぶつけることで怯ませることに使われるの……』


 シャーロットが説明してくれた内容をミナトは理解しようとする。先ほどの戦闘とは随分と光景が異なる内容だ。


『……はい?』


『鉄球のような硬さで魔物の頭を破壊する水球ウォーター・ボールなんて存在しないわよ?そもそも水魔法は攻撃の補助に使われるというのが世間のイメージよ。A級冒険者のティーニュも水魔法はメイスの攻撃の補助に使っていたでしょ?私やミオならいろいろな攻撃が簡単にできるけどそれは一般人からしたら常識外れの事象ってことになるわ!』


『ってことは……?』


『どう考えてもやり過ぎよ!見習いの子たちは目を輝かせているけど、グドーバルさんは気を失う寸前。どうするの?』


 そう言われて困惑するミナト。ミナトにしてみれば簡単な攻撃だったのだが、どうやら違ったらしい。これなら大人しく炎で一掃していた方がよかったかもしれない。


『くっくっく。マスターよ!見事な魔法であった。あのような物理攻撃ができる水球ウォーター・ボールなど我も初めて見たぞ!?』


『ん!ボクも初めて見た!流石はマスター!あとで真似してみる!』


 デボラとミオが笑いを堪えているのか明るい陽気でそんな念話を飛ばしてきた。ミオも使ったことがない魔法を行使したらしい。


『だけど使えちゃったからな……』


 そんな言葉を心の中で零しつつ、ミナトは御者台へと近づく。


「あの……、グドーバルさん?」


 頑張って作った精一杯の笑顔で話しかけてみるミナト。完全に固まっているグドーバル。彼が元に戻るまでには今しばらくの時間が必要であった。

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