第182話 フェンリルの名

 とりあえずステータスの確認を終えたミナトの視線の先には跪き頭を垂れているフェンリルがいる。これと同じような光景に覚えがあるミナト。


「たしか…、この後って…」


 そう呟くと、顔を上げたフェンリルが、


「ミナト様!テイムされた証明として私に名前を付けてください」


 そんなことを言ってきた。


「そうだったよね…」


 観念してそう答えるミナト。


「テイムされたことでミナト様から力を授かりました。私もデボラ様やミオ様と同じく私も名前を頂きたく思います!」


 チラリと視線をシャーロットに向かると頷いて名前を付けることを肯定してくる。


「分かった。名前ね…、名前…、名前…」


 そう言ってミナトは考える。眼前には純白の白髪によるショートボブと褐色の肌、黒を基調にした執事服のような衣装、キリっとした切れ長の目にオリーブの瞳、非常に整った顔立ちにスラリとした体形のイケメンな女性。


「オリヴィアってどうだろう?そのオリーブの瞳が奇麗だから…」


 そう提案した瞬間、フェンリルの体が光り輝き、大量の魔力が溢れ出す。


「この力の奔流は…?」


 光に包まれつつフェンリルがそう呟く。体内にこれまでの自身が持っていた魔力量とは比較にならない大きさの魔力を感じたのだ。その夥しい魔力量に不安と恐怖を覚えるが不思議と不快感はない。


 魔力の高まりと共に身体に変化を感じる。本質は同じままに存在そのものが書き換えられるような不思議な感覚。


『汝の名は?』


 唐突に頭に声が響いた。女性のもので声質は穏やかである。


「誰でしょうか?」


 周囲を見渡す。先ほどまで森にいてミナト、シャーロット、デボラ、ミオもいた筈なのだが周囲には誰もおらず他者の気配を感じることもできない。


『汝の名は?』


 重ねて問いかけられる。フェンリルはミナトが自身に付けてくれた名を答える。


「私の名はオリヴィア…。フェンリルにしてミナト様に使役されるもの…、白狼王フェンリルのオリヴィア!」


 輝きが収まる…。そこには先ほどと変わらない姿のフェンリル、改めてオリヴィアが立っていた。


「フェンリルは進化しても白狼王フェンリル…。デボラやミオの時みたいに種族が進化するわけじゃないんだ…」


 その様子を見てミナトがそう呟くが、


「ミナト!その認識は甘いわよ。ミナトの【眷属魔法】眷属強化マックスオーバードライブの効果は確実に現れている。種族名のフェンリルはそのままだけど強さは爆発的に向上しているわよ!」


「え?」


 思わずシャーロットの方を向く。


「たぶんフェンリルがもつ特異性のせいね…。フェンリルは特殊な魔物でこの世界に一体しかいないの。だから力を得ても名前を変える必要がなかったんじゃないかしら?」


「そうなんだ…」


「かつては世界の属性を司るドラゴンには及ばない存在だったのだけど、これは里で暮らしているレッドドラゴンやブルードラゴンと同じくらい強くなっているわね…。デボラやミオ程ではないけれど…」


「!?」


 ミナトにテイムされて入るが普段は里で暮らして時々、王都に遊びに来るレッドドラゴンやブルードラゴンもミナトの【眷属魔法】眷属強化マックスオーバードライブで強化されている筈なのだが、フェンリルの方が強化の度合いが大きかったらしく、そんなことになっているらしい。


「それにしてもこんなにカッコよくて奇麗な子を自分のものにするなんて…。ミナト!簡単に女の子を増やし過ぎじゃない?これからドラゴンはもっと増えるのよ?」


「一人くらいであれば第二夫人としての器を見せるところであろう」


「ん?オリヴィアが第四夫人?」


 呆然としているミナトを置き去りにして生暖かい視線と共に三人が勝手気ままにそんなことを言ってくる。


「えっと…、おれはなんて答えたら…?」


 シドロモドロになるとはまさにこんな状況だと思うミナト。


「私が第四夫人などとは恐れ多いことです。私はミナト様に使役される者…。ですから皆さまのお世話をさせて頂ければ幸いです」


 優雅に立ち上がりそう言いつつ一礼するオリヴィア。その様子は纏っている衣服も相まって若き執事バトラーといった佇まいである。


『屋敷でも必要になりそうだ…。実際、いまのお店だけだとちょっと手狭感は否めない…』


 ミナトが不意にそんなことを考えていると、


「ん?ということは愛人?」


 ミオが凄いことを言ってきた。


「は?」


 思わず固まるミナト。


「ミナト…。王族以外ではあまり見かけないとはいえ、この世界でパートナーが複数いることが問題視されることはないわ。だけどパートナーと同じ所に住む執事を堂々と愛人にするのはちょっとどうかと思うわよ?」


「英雄色を好むとは正にこのことだな!」


「ん!さすがマスター!おとこの中のおとこ!」


 ちなみにミオも含めて全員がニヤニヤと笑っている。揶揄われていることは分かっているミナトである。だが今後どのように王都で暮らして行くのかについては、少しだけ真剣に考えるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る