第179話 秋の午後にカクテルを(ラスティ・ネイル完成)

 喜色満面で高々と右手の人差し指を掲げるミナト。


「ドランブイ…、これは嬉しい…。ミナトはドランブイを手に入れた!」


 ちょっとそう呟いてみる。某有名RPGで重要なアイテムを入手した際の効果音がミナトの心には大音量で響いていた。そんな様子で喜びを爆発させているミナトを前にシャーロットが皆を代表するかのように問いかけた。


「ミナト?どらんぶい…?ってミナトの元いた世界のお酒のこと…?それと…、らすてぃねいる…、だったかしら…?それはカクテルの名前ってことでいいの…?」


 そう問いかけられたミナトは笑顔のままシャーロットへと向き直る。


「そう!このサンクタス・アピス聖なるミツバチの雫はおれのいた世界にあったドランブイって名前のお酒と同じ味なんだ。そしてラスティ・ネイルはそれを使ったカクテルだよ」


「なるほど…、ドランブイっていうのがお酒の名前なのね…」


 シャーロットが頷いている。そんな他愛のない所作も相変わらず美しい。


「ああ。本来のドランブイはウイスキー…、こっちでいう燻り酒を数種類ブレンドして、そこにスパイスとかハーブとか、それに蜂蜜を加えて造られるのだけど…。こうして出会えたのは本当に幸運だ!」


「ミナトはサンクタス・アピス聖なるミツバチの雫をどう飲むの?さっき言ってたカクテル…、ラスティ・ネイルだったかしら…?」


「ラスティ・ネイルはウイスキーを使ったカクテルで、ウイスキーが好きで甘い味が好みの人はきっと好きになるカクテルだと思う。でもストレートも美味しいし、ロック、ソーダ割りでも美味しく頂けるお酒だよ」


 ミナトからそんな説明を聞いたシャーロット、デボラ、ミオの三人が瞳を輝かせる。


「ミナト!私はストレートでしか飲んだことがなかったわ!是非ともそのラスティ・ネイルというカクテルを味わってみたいのだけど…?」


「うむ。ソーダ割りにも惹かれるがここは我もそのラスティ・ネイルを所望したい!」


「ん!甘いお酒は大好きだからサンクタス・アピス聖なるミツバチの雫は好きだけどボクもストレートしか飲んだことがない!ボクもラスティ・ネイルを飲んでみたい!」


 いつものようにこれからカクテルを造る流れになりそうだが、それについて行けていない魔物が一体…。


「あ、あの…、皆様は何のお話をされているのでしょう…?か、かくてる…、とは…」


 戸惑っているのは巨大な白狼の魔物であるフェンリル。ここはシャーロットが説明する。カクテルのこと、ミナトがバーテンダーであること、そしてミナトが造るカクテルが極上の味わいであることを…、


「そ、そんなお酒の飲み方とバーテンダーという職業があるのですね…。私もなかなかに長い時を生きてきましたがそのようなことは初めて知りました。そしてカクテルというお酒の味に私も俄然興味が湧いてきました!」


 驚嘆した様子でそう言ってくる。


「でしょ?あなたも飲んでみなさいよ?ね、ミナト?この子の分もラスティ・ネイルを造ってくれる?」


「もちろん!」


 シャーロットのお願いに笑顔と共に答えたミナトは近くにあったちょっとしたテーブルサイズの切り株に【収納魔法】である収納レポノで亜空間に入れておいたロックグラスを四つとウイスキー…、この世界でいう燻り酒のボトルを取り出した。


「かたじけない…。それでは私も…」


 フェンリルがそう言うと…、


 ル…、ルル…、ウルル…


 ミナトの耳では聞き取ることができない音を発し始めた。魔力が動いているのが分かるのでどうやら魔法を唱えているらしい。すると純白の毛並みで覆われたフェンリルの全身が輝き始める。その全身が光に包まれるとその巨体がみるみる小さくなり人の形を取り始めた。


「人化の魔法?」


「そうね。フェンリルも高位の魔物だから人の姿になることができるわ。お酒を楽しむにはそっちの方がいいでしょ?」


 シャーロットがそう教えてくれる。そうして光が消える。そこに現れたのは…、輝く銀髪によるショートボブと褐色の肌、黒を基調にした執事服のような衣装、キリっとした切れ長の目にオリーブの瞳、非常に整った顔立ちにスラリとした体形のイケメンではあるのだがその躰の柔らかい曲線や肩のラインは男性のそれとは思うことはできず…、


「男装した麗人…?」


 思わずそんなことを呟くミナト。


「別に男装したつもりはありませんよ?そもそも魔物である私に雌雄の別はありません。ただどちらかと言えば雌の方が近いので一番馴染むのはこの姿というだけなのですが…」


 声も中性的である。とりあえず現時点で…、というか今後も含めて深く追求することは…、しなくていいやと頭を切り替えミナトはカクテルを造ることに集中する。


「シャーロット!サンクタス・アピス聖なるミツバチの雫を集めてくれる?四杯分だから…、八十mLくらいだけどもう少しもらうとして…、この小瓶一つ分もあれば大丈夫!」


 そう言ってミナトが収納レポノから取り出したのはガラス製の小瓶。お酒に出会った時のことを考えガラス工芸家のドワーフであるアルカンに造ってもらったものだ。容量は百五十mLほど…。シャーロットが受け取ったその小瓶を巣の近くに置いて指でその小瓶を指し示す。指先からうっすらと魔力が出ているらしい。すると巣からサンクタス・アピス聖なるミツバチたちが何匹も飛び出してきた。小瓶に群がる様に密着するとその躰を震わせ始める。まもなく小瓶に琥珀色の液体が注がれ始めた。


「はいっ、ミナト!」


 そう言ってシャーロットが琥珀色の液体で満たされた小瓶を渡してくれた。


「この巣の大きさだとこの小瓶であと五本くらいかしら…。それくらい採ったとしたら少し日を空ける必要があるの。サンクタス・アピス聖なるミツバチの分を取りすぎるのはよくないのよね。だから結構貴重なのよ…」


「うむ。人族や亜人にはその存在を知る者がそもそも少ないがな…」


「ん!知っている者がいたとしても極少数。そして殆ど入手できない…」


 デボラとミオもそんなことを言ってくる。元の世界ではドランブイは普通に市販されていたがこの世界では貴重な品らしい。ミナトは大切に使うと心に決め、カクテル造りを続行する。


「シャーロット!このグラスにちょうどいい大きさの氷を二つずつお願い!」


「任せて!」


 カランカラン…。


 青白い魔力の光と共にかち割氷が二つずつ四つのロックグラスへと顕現した。それを確認したミナトはバースプーンを手に取り氷を回してグラスの温度を下げると溶けた氷の水分を切る。そこにジガーとも呼ばれるメジャーキャップを使ってウイスキーを四十mL、サンクタス・アピス聖なるミツバチの雫を二十mL注ぎ、バースプーンで静かにステア。


 ここでいったん味見…。この世界のウイスキーは燻り酒と呼ばれるだけありピート感が強い。ドランブイ二十mLは少し多いかもと思ったがどうやらいいバランスで造ることができたようだ。


 会心の笑みを浮かべたミナトが四人の前にグラスを差し出す。


「どうぞ!ラスティ・ネイルです!」


 秋の午後…、爽やかな風が心地よい。シャーロット、デボラ、ミオ、そして人化したフェンリルの四人はわくわくした様子でロックグラスへと手を伸ばすのであった。

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