第178話 聖なるハチが造るお酒

 まだ太陽は高い位置にある。夕暮れまでにはしばらくの時が必要なようだ。ミナトはシャーロット、デボラ、ミオを連れフェンリルの案内でオルフォーレの街の郊外にある森の中を進んで行く。絡んできたケヴィンとかいう冒険者のパーティはミオが最低限死なない程度の回復術をかけて放っておいた。もし意識が回復して周囲に魔物がいなければ生きてオルフォーレの街まで帰れるかもしれない。そこまでは気にしないミナトであった。


「この先に巣があります」


 フェンリルがそう言ってくる。サンクタス・アピス聖なるミツバチなる魔物の巣…、きっとハチの巣のようなものがあるのかとミナトは考えていた。そうしてその視界に飛び込んできたのは、


「これはまた…、立派なハチの巣…」


 巨木の枝に造られた直径二メートルほどの見事な球体をしたハチの巣だった。キイロスズメバチの巣を巨大かつ美しくさらに鮮やかにした巣である。そして結構距離が近い。


「ミナト!これがサンクタス・アピス聖なるミツバチの巣よ。この形になれば大体完成と言えるわね」


 シャーロットがニコニコ顔で説明してくれる。どうやら巣があることが嬉しいらしい。


「こんなに近づいて大丈夫なの?」


 素朴な疑問を呈すミナト。


サンクタス・アピス聖なるミツバチは昆虫のハチとは違って賢い魔物なの。強者には向かってこないわ。私たちは立派な強者よ。もちろんミナトもね?」


 そう言って片目を瞑ってみせる美人のエルフ。その姿は魂を撃ち抜かれるほどの魅力に溢れている。


「マスターの【闇魔法】は既にかつての魔王を軽く凌駕しているからな…」


「ん。今のマスターから見たらあの魔王はザコ。もう手が付けられないくらい強い…」


「私もあの鎖に捉えられた時は消滅を覚悟しました…」


 デボラ、ミオ、フェンリルが口々に言ってくる。


「普通の人族のつもりなんだけど…」


「ステータスの表記は怪しいけどまだ人族ね。それは間違いないけど普通ってところに説得力はないわよ?」


『しくしく…』


 心で涙を流すミナトである。


「ミナト!話を戻すわ。サンクタス・アピス聖なるミツバチは蜂蜜ではなくて独特のお酒をその巣に蓄えるの。そのお酒の味がとても美味しいから強者にそのお酒を分けることで自分達を護ってもらうように働きかける習性があるわ。こんな風に…」


 そう言ったシャーロットが巣に右手の人差し指を向ける。すると一匹の銀色のハチが寄ってきた。結構大きい…、体長が四センチはある。


「マスター!あれがサンクタス・アピス聖なるミツバチの働きバチだ。当然だが素早い。そして小さい魔物だが攻撃力も防御力もなかなかに高い。強者に守ってもらう習性があるのだが、一匹であっても人族の冒険者パーティが斃すのは困難なくらいには強い魔物だ。群れで行動されたら冒険者では手に負えないだろう。普段は人里の近くに巣をつくらないのが幸いしていると言えるな」


 デボラがそう教えてくれる。そんな銀色のハチはシャーロットの右手の人差し指へとまるとすぐにまた飛び立って巣へと戻っていった。


「ミナト!」


 シャーロットが右手の人差し指をミナトへと向けてくる。そこには小さな琥珀色の水滴がついていた。


「これがサンクタス・アピス聖なるミツバチの雫と呼ばれるお酒よ。とっても美味しいの!」


 そう言ってシャーロットは右手に人差し指をペロリと舐める。


「うーん…。久しぶりに食べたけどやっぱり甘くて美味しいわ!さあ、ミナトもやってみて!」


 美味しそうに味わったシャーロットに勧められ、ミナトも同じように右の人差し指を差し出すと銀色のハチが飛んできた。ミナトの人差し指へとまると直ぐに飛び立つ。そこには琥珀色の一滴があった。


「お酒か…、どんな味だろう…」


 そう呟きつつその一滴を口へと含む。


「これは…?」


 思わず目を見開くミナト。ミナトはこの味を知っていた…、甘い…、そして美味しい…。これはよく知るウイスキーの香り…、そしてそこに蜂蜜のような甘い味わいと香りが混ざり合い見事なハーモニーを奏でている…、この味わいを持つ酒と言えば…、


「間違いない…、これはドランブイ…、ドランブイだ!こんなところで出会えるなんて…。…ということはラスティ・ネイル!!これでラスティ・ネイルが造れるぞ!!」


 ミナトの喜びに溢れた声が森に響くのだった。

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