転生したバーテンダーは異世界でもシェイカーを振りたい

第176話 ミナトは白狼と話がしたい

　視線をミナトに定めた白狼の魔物がゆっくりと立ち上がる。どうやら戦闘態勢に入ったようだとうすうす感じてしまうミナト。

「あの…、おれの名前はミナト！Ｆ級の冒険者で…」

　既視感に囚われながらミナトは自己紹介を始めてみるが…、

「古の誓いにより私が魔王に与することなど考えられぬとあの時しかと伝えたはずだ！今になって従えというのであればこの命が尽きるまで戦うのみ！」

　また凄いことを言い始めた。『古の誓いってなんだろう？』と思わなくもないミナトだがシャーロットに関係することっぽくもあり、本能がこの話題はシャーロットが自分から話してくれるまで待つべしと告げているような気がしたので気にしないことにする。

　グゥワッハアアァァ！！！ドゥルルルルルルル！！

　地響きかと思えるほどの唸り声を上げてこちらを睨む白狼の魔物。それと同時に純白の毛並みを持つ魔物が全身に雷光を纏った。魔物から周囲へと無数の小さな火花放電…、つまり無数の小さな雷が発せられ次々と地面へ吸い込まれる。普通の人族では触れるどころか近づいた瞬間に黒コゲになるようなレベルだ。

「戦闘モード…、あの…、いいかな？話を聞いてほしい…。もう一度言うけどおれの名前はミナト！Ｆ級の冒険者で…」

　心穏やかに話しかけるミナト。何故か今回の場合は、【保有スキル】である泰然自若が効果を発揮しているらしい。しかしそんなミナトの様子が眼中にないのか白狼の魔物が大きく頭をのけ反らせる。その上空に魔力で作られた雷のエネルギーが集約されるのが分かった。

『これは超ド級のサンダーボルト的魔法だよね…。魔王関係で誤解されると言葉を話す魔物は途端に話が通じなくなる…。これってやっぱり魔物の習性なのかな…？』

　普通の冒険者であれば泣き喚く前に失神してしまうほどの状況だが、ミナトは冷静に【闇魔法】を使う。

「悪夢の監獄（ナイトメアジェイル）！」

　ミナトの足元の影から漆黒の鎖が触手の如き有機的な動きで白狼の魔物に襲い掛かった。魔法発動直前で、のけ反っている今なら確実に捕縛できる筈であったが…、

「避けた？」

　何と白狼の魔物は素早いバックステップで漆黒の鎖を避けてみせた。これほどの俊敏さはレッドドラゴンやブルードラゴンも持ち合わせていないかもしれない。一瞬、のけ反ったままこちらに向けられた魔物の目が笑ったようにミナトは感じた。

「でも関係ない…、悪夢の監獄（ナイトメアジェイル）！」

　ミナトがもう一度唱えると一本だった漆黒の鎖が投網状に分裂し四方八方から超高速で白狼の魔物に襲い掛かる。白狼の魔物も回避行動に移ろうとするが、意表を突かれたのかそのタイミングが一瞬遅れ、今や細い紐状になった漆黒の鎖の一本が魔物の右前脚へと絡みつく。

【闇魔法】悪夢の監獄（ナイトメアジェイル）：

　ありとあらゆるものが拘束可能である漆黒の鎖を呼び出します。拘束時の追加効果として【スキル無効】【魔法行使不可】付き。飲んで暴れる高位冒険者もこれがあれば一発確保！

　その瞬間、魔物の速度がガクンと落ちた。どうやらあの素早さはスキルによるものだったらしい。同時に【魔法行使不可】が働いたのかサンダーボルトらしい魔法が霧散する。そこへ紐状になった漆黒の鎖が次々と絡みつき完全に魔物の動きを封じてしまった。

「な、なんという魔力量と魔力操作…、この私がこうもあっさりと無力化されるとは…」

「ごめんね…。あの?きちんと話がしたいのだけど…」

　ミナトは再度会話を試みる。

「やはり新たなる魔王か…、殺すがいい新たなる若き魔王よ！私の首はそなたの名誉と手柄になる！我が首を手土産にこの世界を滅ぼしてみるがいい！だが古の盟約は守られる必ず…、必ずだ…」

　そんなことを言いながら観念したかのように目を閉じて脱力する白狼の魔物。その様子にがっくりと項垂れるミナト。

「どうして話を聞いてくれないんだろう…」

　心の中でしくしくと涙を流していると、

「ミナト！お疲れさま！流石だったわよ！」

「うむ。こ奴を相手にして人族の身でこのように戦えるとは…。まさに惚れ直すとはこのことよ！」

「ん！カッコよかった！」

　これまでと同じようなタイミングでシャーロット、デボラ、ミオの三人が姿を現した。

「シャーロット…？」

　思わずジト目をシャーロットに向けてしまうミナト。

「そのことについて何も言わなかったのは謝るわ。ごめんなさい。でもこの子にもミナトの強さを知ってもらいたかったのよ！この子はドラゴン以上に強いものに服従する傾向が強いの！こうやってミナトの強さを知ってもらうのが一番なのよ」

　そう言われると確かに同じ流れでデボラやミオとも仲良くなったが少しだけ納得がいかないミナト。しかしシャーロットに『実際、大丈夫だったでしょ？』と美しい笑顔で言われてしまうことで、結局は許し受け入れてしまうミナトなのだった。

　そんなシャーロットは魔術師用のフードを脱いで未だに漆黒の鎖にぐるぐる巻きにされている白狼の魔物の眼前へと立つ。

　シャーロットを前にして目をぱちぱちさせている白狼の魔物。なんだろう…、純白の毛並みのはずなのに何故か魔物の表情が青ざめているように感じるミナト。

「ま、まさか…、まさか…、まさか…」

　白狼の魔物が呆然としながらそう繰り返す。

「私だってこんなところで会えるとは思っていなかったわ！久しぶりね？」

　そう言ってとびっきりの笑顔を見せるシャーロット。ミナトはそれを美しいと思えるがその魔物にとっては違ったらしい。

「な、何故ここに破滅のま…」

　ドゴオォォォォォォォォォォォォォォォォォ！！！！！！！

　何かを言いかけた白狼の魔物が鎖に拘束されたままに爆風に巻き込まれて飛んでいく。

『デボラやミオの時と同じだ…。やっぱり触れてはいけない彼女の過去に触れたんだろうな…』

　そう心の中で呟きつつ魔物の無事を祈るミナトであった。