第175話 ミナトと白狼は冒険者と対峙する

 ミナトの前には僧侶のような装いの男が立っている。どうやらこの僧侶がミナトの相手をし、ケヴィン、もう一人の前衛、そして弓を放った斥候の三人で魔物に対峙するようだ。


「美人のねーちゃんをこの街に…、いや俺様達の元に連れてきたのはお前の功績だ!俺様がその功績を称えて神の御許に送ってやるぜ!!」


 どうやら持っている杖は仕込み刀になっているらしい。


『僧侶って聖職者だよね…?それだと時代劇の座頭さんか暗殺者じゃんか?』


 ミナトは遠い目をする。職業と発言の乖離が甚だしい。だがシャーロットは創造主的、もしくは全知全能といった神の存在は知られていないと言っていた。そうであるならこの男が仮に神を崇拝していたとしてもどこかの土着宗教の教えを曲解した程度のものだろうとミナトは考える。


『殺すのは自分の心身によくないみたいだから…』


 これもシャーロットが言っていた。人族だけではなく獣人、ドワーフ、エルフといった種族は、自らと似た種族を殺し続ける行為を行うと魂が焼かれるという。そしてその焦げ付きは魔力に現れる。ウッドヴィル家の執事がそんな魔力を纏っていた。この世界は思った以上に命が軽い。いつかはミナトも人族を殺す機会があるかもしれないが、今ではないと考える。


『ま、いつもの方法で無力化しよう…』


 そう決めていた。


 一方…、


「人族の冒険者よ!私は基本的に争いを好まぬがお主たちが闘争を望むというのであれば応戦はさせてもらう。早速ではあるのだが先ほどの矢の返礼をするとしよう…」


 パリッ!!


 空気を破裂させたかのような乾いた音が響いた瞬間、


「な…?お、俺の腕…、…………ぎぃぃぃいやあああああああああああああああ!!」


 斥候姿の男が絶叫しその場へと崩れ落ちる。


 慌てたケヴィンと前衛役らしい男が駆け寄るが…、


「おい!ポーションだ!」


「こんな状態では俺達のポーションでは…」


「早く!早く何とかしてくれ!!痛い…、痛い…、俺の…、俺の腕があああああああああ!!」


 斥候と思われる男の両腕は肩から先が焼け焦げ、肘から先に至っては完全に炭化していた。指の辺りは既にボロボロと崩れ始めている。


「冒険者どもよ!お主らの言う冒険者ギルドという場所であればその程度の負傷を癒すことのできるポーションがあるだろう?またどこぞで神を祀る神殿にでも行けば回復魔法持ちもおるはずだ!悪いことは言わぬ!退け!!」


 冒険者ギルドでは緊急事態に備えて部位欠損くらいなら治せるポーションが保管されている。そして各地にある神殿と呼ばれるその地の神を祀った施設には大体回復魔法の使い手がいた。ただ高級なポーションの代金も回復魔法を使用する際に求められる寄進もどちらも非常に高価である。両腕の復元となると、ディルス白金貨七十枚では足らないだろう。B級冒険者の稼ぎでは一度に用意するには少々難しい金額である。


 ちなみにこの世界に流通しているディルス貨幣を日本の通貨に換算すると次のような価値である。


 ディルス鉄貨一枚:十円


 ディルス銅貨一枚:百円


 ディルス銀貨一枚:千円


 ディルス金貨一枚:一万円


 ディルス白金貨一枚:十万円


「ふざけるな!!そんな金がどこにある!!」


 ケヴィンがそう叫びながら白狼の魔物を前にして大剣を構えた。どうやら白狼の魔物を討伐しその素材を売って金を手に入れることにしたらしい。前衛の男がそれをサポートするかのように大盾を構えた。


「愚かな…」


 白狼の魔物が嘆息する。そうして全身に魔力を集めようとして、


「その意見には同意する…」


 ミナトの言葉と共に彼と対峙していた筈の僧侶の男が地面と平行に空中を飛んできた。尋常ではない速度で前衛の男の大盾へと激突する。


 人が盾にぶつかったとは思えない程の轟音が響き渡り僧侶は大盾使いを巻き込みつつ吹き飛んでいく。立ち尽くすのは大剣を構えていたケヴィン。前衛の男が僧侶と共に吹っ飛ばされた先にあったのはひしゃげた大盾、そして大盾を持っていた男の腕は炭化こそしていないが、もはや使い物にならない程に捻じ曲がっている。僧侶も生きているのが不思議なくらいにボロボロであった。完全に回復するのに必要なポーションが一本から三本に増えた。


「どっちかって言うと感謝してほしいな…。あんた達、あのまま魔物さんに向かって行ったら確実に死んでいたぞ?」


 落ち着き払った様子で移動したミナトがケヴィンの前へと立った。ケヴィンの顔が怒りに染まる。格下だと見下していたF級にあしらわれたことが我慢ならないようだ。


「き、貴様…、な、何を、何をしやがった…?」


 絞り出すように口にする。


「そんなのは冒険者の秘密に決まっているだろう?」


 そう言い放つミナト。正解は【闇魔法】の堕ちる者デッドリードライブで僧侶の意識を刈り取り、悪夢の監獄ナイトメアジェイルによる漆黒の鎖で掴んで投げ飛ばしたのだがこんな連中に手の内を明かすようなミナトではない。



【闇魔法】堕ちる者デッドリードライブ

 至高のデバフ魔法。対象の能力を一時的に低下させます。低下の度合いは発動者任意。追加効果として【リラックス極大】【アルコール志向】付き。お客様に究極のリラックス空間を提供できます。



【闇魔法】悪夢の監獄ナイトメアジェイル

 ありとあらゆるものが拘束可能である漆黒の鎖を呼び出します。拘束時の追加効果として【スキル無効】【魔法行使不可】付き。飲んで暴れる高位冒険者もこれがあれば一発確保!



「…ふざけるな…」


 ケヴィンがそう呟いたがミナトの耳には届かなかった。


「え?それよりもあの連中を早く街に連れて…」


 ミナトはこれでケヴィンが引いてくれるならこれ以上に何かをする気はなかった。白狼の魔物にしても現時点で敵意をケヴィン達に向けてはいない。だが…、


「ふざけるな…、たかがF級冒険者の分際で…、フザケルナー!!」


 激高したケヴィンがミナトへと大剣を振り上げる。その瞬間、


「?」


 そのまま仰向けにケヴィンが意識を失って倒れた。【闇魔法】の堕ちる者デッドリードライブでミナトがそのデバフ効果を意識に作用させ瞬時に意識を刈り取ったのである。


「はー。こいつら…、どうしよ…?」


 そんなことを呟くミナト。すると、


「人族の者よ!」


 白狼の魔物がミナトへ声をかけてくる。


「何?」


 振り返るミナト。


「その闇魔法は…、い、いや…、なぜ人族が闇魔法を…、そしてあれ程の凄まじい魔力操作…?………お主、さては魔王の手の者…、いや新たなる魔王か!?」


 驚愕の様子でそんなことを言ってきた。


「えー…」


 どこで経験したことがあるような展開に思わず天を仰ぎ見るミナトであった。

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