第166話 エールがある国

 冒険者ギルドを訪れたミナトは早速ビールに関する情報を探して受付嬢のところへ赴いたのだが、


「ビール…?ですか。えーっと…、それはどういったものでしょう?お酒?ミナト様のお店で出されるお酒ですか…?」


 ミナトに返ってきたのは受付嬢の困惑し引き攣った笑顔であった。対応してくれたのは大人の魅力に溢れる三十代半ばの美人受付嬢であるカレンさんだ。カレンさんは冒険者からの信頼が厚い人気の受付嬢で様々な冒険者の相談に対応しているところをよく見かける。王都の冒険者ギルドで冒険者となったばかりの若手は必ず一度は彼女に恋をするとまで言われていた。


 そんなカレンさんはミナトたちの本当の実力に気が付いていると思われる。そして彼女はミナトがBarを経営していることを知っていた。何回か一人で来店してはカクテルを二杯ほど飲んで帰宅する。非常にスマートな飲み手であるとミナトは認識していた。


 ちなみにミナトのBarでは冒険者の客は少ない。ミナトのBarは一杯一律でディルス銀貨二枚である。


 王都で主に流通しているのは『ディルス貨幣』というものであり、この大陸で主要かつ最も信頼されている通貨の一つである。日本の通貨に換算した価値は大体以下のようになる。


 ディルス鉄貨一枚:十円


 ディルス銅貨一枚:百円


 ディルス銀貨一枚:千円


 ディルス金貨一枚:一万円


 ディルス白金貨一枚:十万円


 ミナトのBarは一律一杯二千円。日本のBarで考えても高めの値段設定だ。ここ王都でも冒険者が毎夜バカ騒ぎを繰り広げる安い酒場はディルス銅貨五枚もあれば一杯でお釣りがくる。ミナトの店はA級冒険者であるティーニュのような高給取り以外では冒険者にとって敷居が高い値段設定となっていた。そのかわりに落ち着いた雰囲気でお酒を楽しめるということでカレンさんのような受付嬢やウッドヴィル家の人々のような貴族が来店してくれている。


 そんなことを思い出しながらミナトは考える。そう言えば元の世界のラノベでは別の呼び方をしていた筈である。


「ではエールというお酒は聞いたことがあります?」


 そう尋ねてみるミナト。様々な種類があるビールであるが大きくは三種類。下面発酵ラガー上面発酵エール自然発酵ランビックである。その中でも自然発酵ランビックはベルギー独特のビールであるから、元の世界の主なビールの殆どは下面発酵ラガー上面発酵エールに大別された。


 日本の国産ビールは大部分が下面発酵ラガーであり、高温多湿となる日本の気候にサッパリとした下面発酵ラガーが合うことはミナトも納得している。それに日本メーカーが研究を重ねたことで日本のビールは日本の料理とも相性が良い。上面発酵エールが合わないとは言わないし、好きな人もいるかもしれないが、カキフライには下面発酵ラガーが最高だとミナトは考えていた。さらに言うなら洋食と呼ばれるカキフライだが、そもそも洋食とは西であり、これはもう和食と呼んでも差し支えないと考えているミナト。これは個人的な主張であるが…。そういう意味で日本人と下面発酵ラガーの相性は良いと思えるが、コクのある上面発酵エールもまた美味いとミナトは思っている。


「エールですか?琥珀色でミナト様のお店にある炭酸水ほどではないですが、多少は泡立っている苦みのあるお酒ですよね?」


 受付嬢のカレンさんから思いがけない回答があり驚くミナト。どうやらこの世界にエールはあるらしい。


「そう!それです!エールはどこに行けば入手できますか?」


 尋ねるミナトにカレンは難しい表情を浮かべた。


「この王都…、というかルガリア王国では難しいかもしれません」


「この国にはない?」


「はい…。ルガリア王国の北西…、一応は隣国ではあるのですが険しい山脈に囲まれているグランヴェスタ共和国のお酒ですね。グランヴェスタ共和国は私の故郷でして…」


 地図を開きながらそう説明してくれる。どうやらデボラと出会った火のダンジョンがある火山エカルラートを抱く北方の大山脈、そのさらに西にある国らしい。周囲を山に囲まれた盆地であり、農耕が盛んでさらに鉱山系のダンジョンが豊富であることから宝飾や武器製造で有名な国なのだとか。そんなグランヴェスタ共和国にはエールというお酒があり、かの国で生まれ育ち、二十歳までグランヴェスタ共和国の冒険者ギルドで働いていたカレンさんはエールを飲んだことがあったらしい。


「一応、隣国だから山脈があっても交流があってエールが入ってくることとかは…?」


 念のため聞いてみるミナト。しかしカレンさんは首を振った。


「街道がある山道は険しいのでそれほど多くの交易ができる訳ではありませんが、隣国としての交流はもちろんあります。ですがエールは恐らく全て国内で消費されているかと…」


「それは何故?」


「グランヴェスタ共和国の民は半数以上がドワーフの方々なのです。エールは彼等に大人気のお酒で…、国外には…、ちょっと難しいかと…」


「あー…」


 思わず納得してしまうミナト。カレンさんからさらにグランヴェスタ共和国の情報を教えて貰うと共に、明日の火の日には来店するだろうアルカンとバルカンの二人からもグランヴェスタ共和国について教えて貰おうと考えるミナトであった。

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