第三章 グランヴェスタ共和国探訪

秋の味覚と探せ麦酒

第165話 夏の名残と秋の味

 力強かった日の光も随分と穏やかになり、晩夏から初秋へと季節が移り変わっていくのを感じる。この中央に美しい王城を頂き、それを中心に広大に広がる数多くの緑地と建築物からなる巨大な城塞都市も日中は随分と過ごしやすくなってきた。ここはルガリア王国の王都である。


 王都には教育機関や研究機関があり研究者や学生が多い、また近くに複数のダンジョンがあることから幅広い階級の冒険者とその活動を支える各種の職人も集まってくる。そのため各種商品の需要は非常に高く陸路である街道も発達し、やや離れたところを流れる大河ナブールまでは運河が造られ、水路での物流も盛んであった。なんでも大河を遡ることができる船があるらしい。


 これからが実りの秋、冬は積雪の影響で物流が滞るという王都であるが、秋は陸路で運ばれる美味い農作物、運河で運ばれる新鮮な魚介に加え、冬眠を前にしてしっかりと栄養を蓄えた動物や魔物の肉が王都に集まるとのことだ。


「海は来年に持ち越しか…」


 現在の時刻は正午の少し前。そんなことを呟きながら冒険者ギルドを目指して歩いている黒髪黒目の男性…、ミナトである。今日は無の日でBarはお休みだ。こういった休みの場合、大体はシャーロット、デボラ、ミオといったちょっとどころではない程に周囲が羨む美人を連れて王都散策デートか王都の東に広がる勝手知ったる大森林に狩へと出かけるのだが、珍しく今日は一人である。


 シャーロットは何やら調べたいことがあるといって朝から外出中。デボラとミオはゆっくりするといって今日はベッドから出てこないようだった。そのため一人でちょっとした依頼でも受けようと冒険者ギルドを目指したミナトである。ちなみにミオもF級冒険者になっている。そして第〇夫人の話が出てから、寝室に大きなベッドを入れ夜な夜な誰がどの並び順で寝るのかを極力平和的に議論していることはミナトたちだけの秘密だ。


 歩みを進めつつミナトはふと空を見上げる。抜けるように見事に晴れ渡った青い空。日差しは心地よく風もさわやかに吹き抜ける。正しく初秋の晴天であった。


「もう秋だし、海よりは食欲の秋に集中すべきだな…」


 再び呟く。この世界に転生したのが春。まだ一年が経過していない。最初に出会ったシャーロットに命を助けられた。その後、春は火山エカルラートに赴き火のダンジョンで炎竜の紅玉レッドオーブを手に入れデボラと出会った。夏はウッドヴィル家の騒動に関わり領都アクアパレスに行って水のダンジョンを攻略しミオと出会うことができた。


 思い返してみて自身がかなりの冒険をしているように感じるミナト。特にこの世界の属性を司る火の大樹や水の大樹を直に見た人族はミナトだけらしい。そしてこの夏にミオに出会えたのは最高の出会いだったとミナトも認めてはいる。水のダンジョンの最下層で海の魚が手に入ることはわかってはいるが、実際にまだこの世界で海を見たことがないのは心残りだった。決して海水浴でシャーロット、デボラ、ミオの水着姿が見たかったわけでは…、そっちの思いも否めないミナトである。


 だが海水浴と聞かされた三人はそろって首を傾げていた。


「海…?魔物と戦いたいの?それとも狩りかしら?」


「海には人族にとってなかなかに手強い魔物もいる!マスターが戦術の幅を広げるのにはちょうど良いのではないか?」


「ん。美味しいけど人族相手には強い魔物がたくさん…」


 シャーロット、デボラ、ミオにそう言われてミナトの方が混乱してしまった。話を聞くにどうやらこの世界における海とは人族にとってかなり危険な場所であるらしい。砂浜でさえ冒険者の足を食いちぎろうとする魔物が生息し、海は浅瀬であっても小型の魔物が水中から水魔法で攻撃を仕掛け、沖に出れば化け物イカクラーケン殺人クジラキラーホエールといった人族とは極めて相性の悪い巨大な魔物が出るらしい。


 そのためこの世界の漁師は本人が魔物と戦えるように鍛えるのはもちろんのこと、屈強な冒険者を雇い漁に出るのだとか。それでも漁師が漁を止めないのは採れた魚介類が高く取引されるからに他ならない。この世界の漁師は冒険者以上に命がけで高給取りと見做されているらしかった。


 さらには、


「え?水着…?そんなに面積が少なかったら魔物の攻撃を防げないわよ?私たちならともかく人族なら死んでしまうわよ?」


「うむ。これで浜辺を歩くなど人族にとって自殺行為であろうな…」


「ん。命知らず!」


 水着の説明にそんなことを言われてしまう始末。どうやら魔物が跋扈するこの世界に海水浴という習慣は無いようである。


「それに裸の私たちが見たいのであればそう言えばいいだけじゃない?」


「そうだぞ?我はマスターにテイムされた身だ。命令されれば喜んで応えるとも!」


「ん。何の問題もない!」


 さらにそう言われて真っ赤になりながら困ってしまうミナトであった。相変わらずリアクションが現在の若い外見に引っ張られるミナトである。


 そんな一幕もあり、今年の海を断念したミナト。歩みを進めていると一つのマルシェに差し掛かった。今日は無の日で労働を休む者が多いが市場であるマルシェは別だ。王都のマルシェは様々な通りに様々な店舗が休みなく並びいつも賑わっている。


 そんな一つの店舗でミナトはそれを見つけてしまった。


「牡蠣だ…」


 牡蠣貝が山のように積まれている。どうやら大河ナブールの支流にある湖で昨夜に採ったものを夜通し運んできたらしい。どうやらこの世界の牡蠣は淡水でも生育が可能なようだ。店員が威勢の良い掛け声で新鮮さをアピールしている。聞けばこの辺りではこれからが牡蠣の旬らしい。


「牡蠣…、となるとカキフライ…、であれば当然ビールが欲しい!!これはマストだ!絶対だ!」


 思わず独り言が大きくなるミナト。意を決ししたかのように冒険者ギルドへの歩みを早める。


『冒険者ギルドならビールの情報があるかもしれない…。一応ちょいちょい探してはいたけれどアルカンさん達にもビールの話はしていなかった。ドワーフなら知っているかもしれないね…』


 元居た世界にビールを置かないBarもあったが自分の店にはビールを置きたかった。新たな酒を探すことを決めたミナトは軽い足取りで冒険者ギルドを目指すのであった。

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