第164話 Barの様々なお客たち

 ルガリア王国の二大公爵家の一つと言われるウッドヴィル家に関わる騒動の終結からさらに一カ月が経過した。王都の季節は晩夏といったところだろうか…。あとニ、三週間すると秋の足音が聞こえてくるらしいが相変わらず昼間は暑かった。


 そんな王都の夕日が山の端に沈むころ、今日もミナトは店を開けた。曜日でいうと本日は闇の日…、つまり週末だ。


 この世界にも曜日があり基本的に前の世界と変わらない。火、水、風、土、光、闇、無の七日で一週間となる。この世界を構築する属性が曜日として割り当てられていた。ルガリア王国では無の日が日曜に該当し、一般的な職業の者達は休息日に当てているのでミナトも無の日はBarを休みとしている。


 この一カ月、ミナトはBarをやりつつ休日である無の日にはシャーロット、デボラ、ミオを伴って王都の東にある大森林で常設依頼となる魔物を中心にピクニック的な狩りを楽しむという生活を送っていた。


 常設依頼とは薬草採取に代表されるようにギルドが恒常的に出している依頼である。通常の依頼は依頼表を受け付けに持っていき受託の手続きをする必要があるのだが常設依頼は不要で目的の品を持ち込めばよいだけであった。


 狩った魔物は常設依頼もそうでないものもまとめて冒険者ギルドで買い取ってもらっている。


 この大森林は動植物の楽園であると同時に魔物が跋扈する危険な森とされており、場所によってはダンジョンもある冒険者にとってはリスクに見合うリターンが望めるという、だ。そんな大森林で苦も無く魔物を狩ってくるミナトたちは当然目立つのだがちょっかいをかけてくるものは皆無であった。初めて冒険者ギルドを訪れたときに絡まれたB級冒険者のダミアンを【闇魔法】堕ちる者デッドリードライブで圧倒したことが本当に影響しているらしい。


 そんなミナトたちであるが全員の階級は未だにF級である。


 冒険者にはS級からF級までの七つの階級に分かれており、それぞれ冒険者証となるプレートの色で区別される。そして以下のように認識されていた。


 S級冒険者:白金プラチナ、人外の存在…この世界にほんの僅か


 A級冒険者:金、超一流…この国にほんの僅か


(以上の冒険者は滅多に遭遇することが出来ない)


 B級冒険者:銀、一流…この国に数人


 C級冒険者:銅、上級…この国に数十人


 D級冒険者:鉄、普通…この国に数百人


 E級冒険者:青、見習い…多すぎて計測不能


 F級冒険者:赤、初心者…多すぎて計測不能


 冒険者の階級を下げることは本人の申請の他に冒険者ギルドが強権を発動すれば可能なのだが、階級を上げるためには本人の申請が必須である。ギルド職員からは何度も階級を上げる打診があったが興味のないミナトが申請することはなかった。ミナトが申請しないのでシャーロット、デボラ、ミオの三人も当然の如く申請していない。


 実のところミナトたちは知る人ぞ知る実力の持ち主として冒険者達に認識されていた。


 そんな日常を楽しく思うミナトは今日もカクテルを作っている。今日はなかなかにお客が多い。シャーロット、デボラ、ミオもパタパタと働いている。カウンターもテーブルも今日は既に埋まっていた。


 カウンターの端には常連であるドワーフが二人。グラスなどのガラス製品でお世話になっているガラス工芸家のアルカンとその弟でバースプーン、シェイカーといった金属製品でお世話になっているバルカンだ。


 アルカンは彼らが燻り酒と呼んでいるウイスキー、バルカンは好んで飲んでいるウォッカをそれぞれロックで楽しんでいる。もうすぐカクテルに移行するのだろう。


 その隣には商業ギルド長がジン・ソーダを飲んでいる。多忙だと思われる商業ギルド長は闇の日に来ることが多い。


 さらには赤を基調にした民族衣装風の装いを纏った総じて美人の女性客二人と、青を基調にした民族衣装風の装いを纏った総じて可愛らしい印象の女性客が二人。レッドドラゴンとブルードラゴンたちである。レッドドラゴンの二人はテキーラ・サンライズ、ブルードラゴンの二人はベルモットをロック。とても楽しそうだ。


 カウンターは残り四席。一人は修道女のような衣服を纏い目深にフードを被っている女性。A級冒険者ティーニュである。ルガリア王国だけでなく各国を移動しながら活動している冒険者とのことであったが最近は王都に腰を落ち着けて活動しているようであった。特に今日は依頼での来店ながらも白ワインを傾けている。


 残りのカウンター席は男性の三人組で占められていた。冒険者などが遠出の時に好んでよく使うマントを纏っているのだが、その下に身につけているのは白い騎士服だ。ちなみにルガリア王国では白い騎士服を纏った騎士のことを近衛騎士と呼ぶ。そんな三人は酒を飲むこともなく周囲に気を配りつつ無言でトマトジュースを傾けている。


 なぜA級冒険者のティーニュと近衛騎士が三名もいるかというとテーブルのお客が原因である。


 四人掛けのテーブルには二人の老人、壮年の男性、そして若い女性が座っていた。


 二人の老人はミルドガルム公爵ウッドヴィル家の前当主であるモーリアン=ウッドヴィルとスタンレー公爵タルボット家の当主であるロナルド=タルボットである。そして壮年の男性客は依然として名乗ってはいないがミナトの感ではルガリア王である。そして、


「このような素敵な店をお母様とわたくしに隠していたなんて…」


 そう言いながらプイっとルガリア王から顔をそむける若い女性。彼の娘…、つまりお姫様である。ミナトたちは呪われた魔眼の治療のためにウッドヴィル家の屋敷で彼女と会っていた。確か今年で十七歳ということだ。この世界では成人の定義は決まっていないが十五歳を超えたあたりからお酒を飲むようになるらしい。随分と元気になったようで今日はお忍びでこの店に来たらしい。現在はこれまで二回ほど家族に秘密にして来ていたルガリア王にご立腹のようだ。四人はとりあえずキールで乾杯をすることにしたようである。


『なんかいい日常って感じがする…』


 お客の様子を見渡して思わず念話で呟くミナト。


『そうね!近衛騎士達は違うけどみんながお酒を楽しんでくれていると思うわ!もちろん私もミナトとの日常を楽しんでいるわよ?ミナトといると本当に退屈しないしカクテルも美味しいし!端的に言って最高よね!』


『うむ。やはりこの時代は良いな。本当に平和になった。マスターとのこういった楽しい日々がずっと続いていってほしいものだ!』


『ん!毎日がとても楽しくてとても新鮮!マスターと会えてよかった!』


 満足気で楽しげな念話が伝わってくる。彼女たちに笑顔を向けつつミナトは次のカクテルを造るためにグラスを用意する。


 充実した夏の夜はゆっくりと更け行くのであった。

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