第162話 王都の夜が更けてゆく

 王都の夜が更けてゆく中…。モーリアン=ウッドヴィル、ロナルド=タルボット、そして壮年の男性はマティーニで満たされたグラスを口へと運んだ。


「よく冷やしてある…、なるほど…、これは美味いものよな…。ジーニの味にさらに別の酒が加わることでより味わいに厚みが感じられる…」


「美味い…。これが…、カクテルなのか?」


「これは美味い…。まずこの冷たさが心地よい…。ジーニをそのまま飲むのとはなかなかに味わいが違うものなのだな…。ジーニを好む者はこの味わいが好きであろう。そしてどこか堂々とした風格を感じるな…」


 どうやらマティーニは好評だったらしい。


「気に入って頂けたようでよかったです。このマティーニはカクテルの王様と呼ばれる代表的なカクテルの一つなんですよ」


 さらりとそう説明した際、モーリアンたちの目線が僅かに交錯したような気がするが、ミナトはそんなことを気にしない。カクテルを楽しんでいるモーリアン達の様子を視線の端に捉えつつ、お通しとして王都のマルシェで買い求めたナッツを小皿に盛り合わせたものを三皿用意する。


「ところでミナト殿?今回の顛末についてミリムからの書状は届いたかな?」


 ミナトの造ったマティーニをひとしきり楽しんだところでモーリアンがそう聞いてきた。ミナトは少しだけ逡巡する。モーリアンとロナルドは関係者であるがもう一人のお客の前でどのような話をすればよいのかと…。この男性が誰であるかはおおよその予測がついてはいるのではあるが…。


「こやつのことであれば気にせんでもよい。ミナト殿が考えている通りに全てを知っておるからの?」


 モーリアンにそう言われたのでミナトはモーリアンに向き直って返答する。


「ミリムさんからの書状は先日受け取りましたよ」


「そうか…。では改めての説明は必要なかろうが…、ミナト殿!」


 モーリアンがそう言って居住まいを正した。


「なんでしょう?」


「此度のこと、ミナト殿とそのパーティには多大なる助力を頂いた。この通り感謝する。本来であれば儂だけでなく息子も同席し、我が屋敷か王城でその働きに報いる式典を行い、その業績を公に称えるべきところなのであるが、此度の事件は表には出せぬこととなった。この恩には必ず報いる。故に今はこの場で儂からの感謝の意を受け取るに留めて頂きたい」


 そう言って頭を下げるモーリアン。大貴族である公爵家の先代当主の口上はなかなかに迫力があった。


「い、いや…、そのなに気にされなくても…、大丈夫ですよ?」


 困った表情でミナトが返すが、


「私からも感謝を…。あの夜、君たちが来なければ私は何もできずに殺されていただろう。そしてその後、私をモーリアンの下へと連れて行かなかったら…。あの時、王都に留まりいたずらに時間を浪費していたのならこのような迅速な対応は取れなかった…。す、少しだけ驚いてしまったがな…」


 ロナルドも頭を下げた。台詞の後半が少しだけ狼狽えているが流石に当代公爵家の当主。こちらもかなりの迫力である。


「だ、だから大丈夫ですって…」


 ますます困るミナト。


 ちなみにロナルドを【転移魔法】の転移テレポでアクアパレスにあるウッドヴィル家の屋敷へと運んだ際、モーリアンとの面会を望むミナトたちに対応したのはカーラ=ベオーザであった。ミナトたちの実力を把握しモーリアンからも『ミナトたちに敵対するな』と釘を刺されているカーラが対応することで問題ないと思われた。だがウッドヴィル家の高位騎士であるカーラへ気安く話しかける冒険者の姿を気に喰わないと感じた愚かな騎士の一人がミナトへ絡むという一幕があった。夜も遅く疲れていたミナトは流石にカチンときたようで爆発的な魔力と共に漆黒の鎖で騎士の顎先を一閃、ダウンさせてしまった。その圧巻の魔力と実力を至近距離で見ていたロナルドが思わず失神したことは秘密である。どうやらその辺りの影響でロナルドはミナトが少し苦手らしい。


 ミナトがどうしようかと考えていると、その様子を見守っていた壮年の男性がミナトへと向き直った。


「ミナトと言ったか…。我からも感謝を述べさせてもらおうか…。あの本物の水竜の紅玉ブルーオーブ…。そなた達の働きであろう?」


 どうやら勘付いているらしいが水のダンジョンの最下層まで行ってきたことは認めたくないミナト。さらにこのお客は自分の正体がバレた前提で話しているようだ。


「え、えっと…、何のことでしょう?」


 頑張ってとぼけてみる。戦闘ではないためか【保有スキル】である泰然自若の効果が薄い気がする。


「ふふ…。まあよい…、しかし私としてはそなたの功績に報いなければならぬ。伯父上は下手な干渉などせずにこの国で自由に過ごしてもらうのがよいと言っていたのだが…?」


「それで十分ですけど…?」


 ミナトが返す。


「そうなのだがな…」


「?」


 壮年の男性が呟いたときミナトはそのお客の目に魔力が集まるのを感知した。微細な魔力だが間違いなく何かの魔法を行使しようとしている。


「よしなさい…。店内での魔法は禁止になっているわ」


 いつの間にかミナトの隣に現れたシャーロットがそう言い放つのであった。

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