第161話 今宵の一杯はお任せで…

「いらっしゃいませ!」


 ミナトはいつもの態度でお客を迎え入れた。壮年の男性である。がっしりとした体躯に身長は一.八メートルはあるだろう。勇ましい彫刻像を思わせるかのように彫が深く眉間にも深いしわが刻まれていた。平民のような簡素な衣服を纏ってはいるが髭も髪も丁寧に整えられている様子から平民ではないだろう。


 モーリアンとロナルドの知り合いであり、店を囲むように配置された夥しい数の騎士による警備体制から考えると、モーリアンとロナルドよりも格上の人物らしい。二大公爵家の先代当主と当代当主よりも格上…。


『公爵って王族の親戚みたいなものだよね…、とすると…』


 そんなことを考えてはいるがそれを態度に出すことはないミナト。バーテンダーが客の身分で対応を変えることなどはありえないのだ。


「こちらへどうぞ!」


 モーリアンの隣の席へと案内した。


「伯父上…、ここまで来るのにはなかなかに苦労しましたぞ?」


「それで近衛たちがロナルドに泣きついた結果このような警戒態勢となったと…?」


「伯父上は不要の一点張りでございましたからな…。スタンレーの親父殿には迷惑を…」


 壮年の男性はモーリアンのことを伯父と呼び、ロナルドのことを親父殿と呼んだ。


「ミナト殿。こやつは儂の甥じゃ。こやつの母が儂の姉なのでな…」


「そして幼少のころ我がスタンレー公爵地方で暮らしたことがあって私との縁もあるのだ」


 モーリアンとロナルドがそう説明してくる。


「当然、貴族なのじゃが…、ま、まあ…、今回名乗りは不要ということにしてもらうかの?」


「畏まりました。まだモーリアンさんとロナルドさんにもお酒を出していませんでしたね。何をお出ししましょうか?」


 一礼したミナトがオーダーを聞く。


「三人とも同じカクテルを頂きたい。こやつはジーニが好みでな…。普段は庶民の酒とされるジーニを飲む機会がないとボヤいておったのじゃ。そこでジーニを使ったカクテルを頼みたい…」


 そうモーリアンが代表して注文する。


「ではジン…、いえジーニを使ったショートカクテルを作りましょう。任せて頂いても…?」


「うむ…。それで頼むとしよう」


 モーリアンがミナトの提案を受け頷いた。すると隣で不思議そうな表用をしていた壮年の男性が口を開く。


「店主よ?ショートカクテルとは…?伯父上からカクテルという酒と酒を混ぜた美味い酒の飲み方があると散々に自慢されたのだが我には想像がつかなかったのだが…」


 壮年の男性にそう問われてミナトはショートグラスをカウンターへと置いた。


「このショートグラスと呼ばれるグラスを使います。基本的には氷を使わないで酒精を強めにし、短時間で飲むことを前提にしたお酒ということになりますね」


「ショートというのは飲む時間のことなのか?」


「そう伝わっています…。そのためロングカクテルというものもありますが、今日はショートカクテルをお造りします」


 そう返してジンのボトルを用意する。


 カウンターの上にはよく冷やされたジンのボトル、瓶に詰められたベルモットとオレンジ・ビターズが用意された。


「それは我が家に伝わるじゃな?」


 モーリアンがオレンジ・ビターズに反応する。


「はい。私の故郷にこれとよく似たものを使うカクテルがあるので使用させて頂いています」


 そう答えつつ王都のマルシェで購入したオリーブのピクルスをドワーフのバルカンに頼んで作ってもらった銀製のカクテルピンに刺す。後はレッドドラゴンの里産のレモン…、というかその皮をほんの少し…、レモンピールだ。ショートグラスは冷凍庫で冷やす。


 ミナトはミキシンググラスに氷を投入し、バースプーンで軽く氷を回しミキシンググラスの温度を下げる。そうしておいてミキシンググラスにストレーナーを取り付けると氷が溶けた分の水を切った。次にストレーナーを取り外し、そこにオレンジ・ビターズをふた振りほど振り入れる。


 ジガーとも呼ばれるメジャーカップを使ってよく冷やしたジンを四十五mL、ベルモットを十五mL、ミキシンググラスへと注ぎ入れた。バースプーンで静かにステアする。


 しっかりと温度が下がったことを確認し、よく冷やしてあったショートグラスに静かに注ぐ。それを三杯。


「ふむ…。相変わらず美しい所作よな…」


「これがあの冒険者…」


「ほう…」


 モーリアンと壮年の男性は感心しているがロナルドの表情が引き攣っているのは何故なのか…。そんなことを気にすることもなくミナトはグラスを三人のお客の前へと差し出した。


「どうぞ!マティーニというカクテルです」


 造ったカクテルは…、カクテルのと呼ばれるマティーニである。今日のお客がジンを使ったカクテルをオーダーするのであればこのカクテルが最も相応しいと考えたミナトであった。

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