第160話 ことの顛末ともう一人のお客
「本日は馬車でお越しのようですが家の皆様にはきちんと報告を?」
念のためミナトはそんなことを聞いておく。ちなみに入れ替わりでアルカンが帰宅の途についた。
以前にモーリアンが来店した時はお忍であり、さらにウッドヴィル家への妨害騒動の真っ只中ということもありモーリアンは家中の者からかなりのお叱りを受けたらしい。今回は馬車での来店であり大丈夫だとは思うのだが…、
「無論じゃ!きちんと家の馬車できたわい!こやつの家の者も把握しておる」
ロナルドの方に顎をしゃくりながら断言するモーリアン。
「ロナルドさんもお元気そうでよかった…。いろいろと問題は片付いたようですね?」
「ま、まあな…。元気になったのはあのミオと申した者の魔法によってだが…」
「それはよかった…」
ミナトが安堵の表情を浮かべる。
あの夜、王都にあるタルボット家の敷地内に建てられたいわゆる離れから【転移魔法】の
結論として今回のウッドヴィル家襲撃はタルボット家の長男と次男が中心となって計画されたものであるとのことだ。
ルガリア王国の南にフリージア地方という未開の地があり、戦争が起きればルガリア王国への進入路にすることができなくもないという状態であったため軍閥主導で国境の警備に多額の予算が充てられていた。その政策が行われたのは十五年前。それを主導したのはこの国で武官を取り纏めるタルボット家である。しかしその後大きな戦争などは発生しなかった。そのため国王はこの出費を嫌い南の土地を発展させることで国庫を潤わせ、戦のないこの時代の軍事費を削減することを計画したらしい。
そしてフリージア地方を新たな辺境伯の領地として開発することを決定した。白羽の矢が立ったのがイストーリア侯爵ヴィシスト家の次男であるアラン=ヴィシスト。優秀な文官である彼にマウントニール侯爵サンケインズ家の次女であるゾーラ=サンケインズを妻として娶らせ辺境伯に任ずるという算段が建てられた。
自身が提唱した政策が転換されることになったロナルド=タルボットであるが本人は優秀であり現状を正しく把握していたため、この政策を支持した。現状というのは防衛費をつぎ込んでいるにも関わらず戦乱がないため、現地に駐留する者達の腐敗を招き防衛費の流用が行われているという噂などを考慮してのことである。当主であるロナルド=タルボットは時代に合わせて世情を見極める目を持っていたと言える。しかし三人いる息子の内、外国に留学しているという三男以外の、長男と次男は違ったらしい。
長男の名はジャック=タルボット。軍学に明るく戦略家を自称していたらしいが、この戦乱がない時代に自身の活躍の場がないことを常日頃から嘆いていたらしい。そんなジャック=タルボットにとってフリージア地方からの兵力撤退は王家が武官の勢力を削ごうとしていると感じたらしい。そのことに我慢がならなかった彼は次男のサディアス=タルボットを配下とし、どこからか雇ってきた怪しげな男に協力させ、資金源としてバルテレミー商会を巻き込んで一連の襲撃や妨害を企てたとのことである。
ミナトたちはその怪しげな男が東方魔聖教会連合の残党であることを把握しているが、長男と次男は男の正体について公言できないように契約魔法が掛けられており詳細は分からないとミリムは記していた。東方魔聖教会連合の残党がなぜ今回の行為に加担したのかは不明であるがシャーロットによると『あの連中は世間を混乱させたいのよ。民衆に不安をバラまいて魔王様の時代が来る…、とかって喧伝したいのでしょうね』と言っていたからその辺りが正解かもしれない。
ちなみに、
「ミナトが大陸に覇を唱えたらあなたの時代はすぐにやってきそうだけど?」
と冗談っぽく言われたときは全力でそんなことはしないと否定したミナトである。
おおよその詳細が全て明るみに出たのだが、今回の騒動は公表せず闇に葬るというのが王の決定とのことだった。武官を纏める立場にあり二大公爵家の一つとも呼ばれる大貴族の長男と次男がこのようなことを計画したということが露呈すれば王国の文官、武官のバランスに深刻な影響を与えてしまう。それを避ける意図があったらしい。二人は急病ということでスタンレー公爵領へ送られた。その後、どのような扱いを受けるのか…、ミナトは知りたいとも思わなかった。
世間に漏れ出たニュースはバルテレミー商会が突然廃業に追いやられたということぐらいだろう。バルテレミー商会は黒い噂の絶えない商会であったがこれを潰すことができたのが僥倖と言えると判断されたようである。
当主のロナルド=タルボットは責任をとって自害することを申し出たが王家がそれを許さなかった。それよりも留学している三男を呼び戻し一人前の当主として育てるようロナルドに厳命したのである。三男は武人には向かないらしいが知的で優秀と評判らしい。
以上が、今回の騒動の顛末である。
「ここ数週間はいろいろと疲れたわい…。そうじゃ!ミナト殿!この後、あと一人この店に来ることになるのじゃが大丈夫かの?」
モーリアンがそんなことを聞いてくる。
「大丈夫ですけど…、その方って偉い人ですか?」
思いがけないミナトの返しにモーリアンの表情が歪む。
「………ミナト殿…?何故そのように思うのか教えてもらおうかの?」
問いと共に投げ抱えてくるモーリアンの鋭い視線を意に介さずに受け流して、
「店の周囲に殺気を放っている人たちがたくさんいるんですけど…?」
こともなげにそう言った。
「…………流石じゃな…。その通りじゃよ…」
モーリアンが少しだけ
「味方なんですよね?よかった。あんな殺気を出したままでもう少し近付いていたら私の仲間が排除に動くところでした…」
その言葉にモーリアンとロナルドの顔色が蒼褪める。ミナトは笑顔なのだがどことなく目が笑っていないように感じたのだ。
ミナトの心中としては冷や汗ものである。咄嗟にミナトが念話で連絡したため誰も動くことがなかったがもう少しで公爵クラスを護衛する高位の騎士達に無差別攻撃をするところだったのだ。特に先ほど会計を終えていったん店を出て裏口から転移の魔法陣がある店の二階へと移動しようとしていたレッドドラゴンの二人から『店を包囲している不審な者達がいるので消し炭にする許可を』と念話で伝えられた時は流石に焦ったミナトである。
「ロナルドよ!だから言ったではないか!?このように店を包囲する形で護衛を配置するのはダメだと!」
そうモーリアンが言うとロナルドがミナトに頭を下げた。
「ミナト殿…。すまなかった…。我等にミナト殿と敵対する意図は全くないのだ。もし…」
ロナルドの言葉を遮るようにして店のドアが開かれる。
「待ち合わせなのだがよいだろうか?」
男性の低く渋い声が店内に響くのだった。
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