第159話 深夜の来客

 アルカンの前にロブ・ロイが差し出される。


「これがロブ・ロイか…。燻り酒をさらに鮮やかにしたような美しい色合いじゃな…」


 そう呟いたアルカンはゆっくりとグラスをその口へと運ぶ。


「……なるほど……、その新たに加えた酒の影響か甘みが増すのじゃな…。しかしその中にあって儂らが好むこの燻り酒の香りや味の特徴をきちんと感じるのう。燻り酒そのものの味は特徴的で個性が強い…、そのことが燻り酒の魅力なのじゃが飲む者によってはそれが個性的すぎるということで合わないと感じる者もおるが…。このカクテルは燻り酒の特徴を活かしつつも甘みと飲みやすさを追求しておるな…、美味い…、そして見事じゃ…」


 そう言ってニヤリと笑う。


「気に入って頂けたようでよかったです…」


 ミナトも笑顔を返した。


「これは美味いが困ってしまうのう…。ストレート、ロック、ウイスキー・ソーダ…、それに水割りもか…、そこに加えてロブ・ロイ…。ロック、ウイスキー・ソーダ、水割りの氷の形や柑橘の有無ですら悩んでいたのにまた選択肢が増えてしまったではないか!はっはっは」


 アルカンが笑う。


 ロック…、正式な呼び名はオンontheロックスrocks。ミナトがウイスキーのロックを作る場合、ちょうどいい大きさのかち割氷を二個使う。丸く球状にカットした氷を使用するバーテンダーもいるがミナトは氷とグラス、氷と氷がぶつかる音を楽しむこともまたロックの醍醐味であるという考え方が好きだったのでこのようにしていた。もちろん注文が入れば氷を球状にカットするなど【闇魔法】の悪夢の監獄ナイトメアジェイルが使える今のミナトであればあっという間に漆黒の鎖で氷を球状に磨き上げることが可能である。しかしロックの飲み方はそれに留まらない。氷をクラッシュアイスにすることもできるし、少しだけ炭酸水を注いで香りを華やかにすることも可能だ。柑橘の果汁を僅かに加えるのもいいし、ピールをする、もしくはピールした後それをドロップするなんてこともできる。


 ウイスキー・ソーダ(ハイボールともいう)も同様だ。そもそもどれくらいので造るのかという問題が先ずあり、柑橘は入れるのか入れないのか、入れるのであればライムかレモンかオレンジか…。もちろんピールだけなどもできる。この辺りの選択肢は水割りでも同様に存在している。


 真のウイスキー飲みへの道は深く遠いのであった。


「そう言えばミナト殿は聞いたか?二大公爵家の一つであるウッドヴィル家が後見となりアクアパレスで盛大な婚姻の儀が開かれたとのことじゃ」


「はい。とても華やかなものであったと…、冒険者ギルドでも噂になっていましたよ。確か夫の方が婚姻と併せて南の方で辺境伯へと任ぜられるとか…。今は不毛の地ということですが街ができこれから発展するかもということで…」


「冒険者達もチャンスを求めて南の地へと赴くものがおるか…。儂ら職人の中にもそういった者がちらほらといるのじゃ…」


 そんな話をアルカンにしつつ注文された追加のナッツの盛り合わせを出す。しばらくしてレッドドラゴンの二人連れが里へと帰宅しそろそろ店じまいの頃かと考えるミナト。ロブ・ロイをショートカクテルらしくさっと飲み切ったアルカンがカウンターでうつらうつらとしている。


 ふとその気配に気づいてミナトはスモークの張った窓へと視線を送った。店へと向かってくる魔力反応に気付いたのでる。馬車で到着したようだがこの反応は知っている人物だ。深夜に酒場を訪れるのが好きなのかこの時間帯しか来られないのか…。そして今日は連れがいる。そうしてドアが開かれた。


「いらっしゃいませ!」


「もう遅いが大丈夫かな?二人なのだが…」


 そう声をかけてきたのは白髪の老人。皺の深いその顔と真っ白な髭…、このルガリア王国における二大公爵家の一つでこの国の文官を取り纏める立場にあるミルドガルム公爵ウッドヴィル家の先代当主であるモーリアン=ウッドヴィルである。そして彼が連れてきたもう一人のお客。黒髪で口髭を蓄えた老人。年のころはモーリアンと同じくらいだと思われる。憔悴していたあのころと比べると随分とその瞳に力が戻ったと感じるミナト。モーリアンが連れてきた老人こそルガリア王国における二大公爵家の一つでこの国の武官を取り纏める立場にあるスタンレー公爵タルボット家の現当主であるロナルド=タルボットであった。


「こちらへどうぞ…」


 ミナトは二人をカウンターへと案内する。


「ほ、本当にこの王都で店を開いていたのだな…。その話を聞いた時は俄かに信じられなかったが…」


「こやつが信じられないというからの、連れてきたのじゃ!」


 そう言ってくる二人にミナトは笑顔を返すのであった。

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