第158話 久しぶりの開店(ロブ・ロイ完成)
あれから数日が経過した。ここはルガリア王国の王都、夜も随分と更けてきた。季節は未だに真夏…、王都の夏、昼間は暑く夜は過ごしやすいという理想的な夏である。東京の日中と熱帯夜を経験しているミナトにとってはエアコンもなく快適に過ごせる王都は本当に住みやすい街であった。
そんな王都の夜、ミナトは久しぶりに店を開けた。
冒険者家業は楽しめたし新たなお酒を入手することができたのでやった甲斐があったというものだが、やはりバーテンダーという仕事が自分には合っていることを確かめているミナトである。本日の客の半分上はドワーフ。どうやら冒険者家業で休みにしていたことをどこからか聞きつけ開店を心待ちにしていたらしい。
あとは赤を基調にした民族衣装風の装いを纏った総じて美人の女性客と、青を基調にした民族衣装風の装いを纏った総じて可愛らしい印象の女性客…、レッドドラゴンとブルードラゴンたちである。どちらのドラゴンの里も【転移魔法】の
【転移魔法】
眷属の獲得という通常とは異なる特異な経緯から獲得された転移魔法。性能は通常の転移と同じ。転移元と転移先の双方に魔法陣を設置することで転移を可能にする。転移の物量および対象に関して様々な条件化が全て術者任意で設定可能。設定した条件を追加・変更することも可。魔法陣は隠蔽することも可。
レッドドラゴンは果物、ブルードラゴンは海産物をお土産として持ってきてくれたのでそれを味わうのが今から楽しみなミナトである。
既に時刻が遅いこともあり、残っている客はカウンターに一人、テーブル席にレッドドラゴンが二人といったところ。レッドドラゴンたちは既に会計を終えている。そのためシャーロット、デボラ、ミオは裏で休憩してもらっていた。
「ミナト殿!もう一杯頂こうかの?」
カウンターでそう言いながらロックグラスを掲げたのはグラスなどのガラス製品でお世話になっているガラス工芸家のドワーフであるアルカン。背丈は子供とさして変わらないが、首から肩にかけて筋肉はもりあがり、胸板は肩幅とほぼ同じ厚みがある。彫りの深い顔にぎょろ目で鼻の下から白い炎のような口髭が八の字に噴き出しているのはミナトが思い描く典型的なドワーフだ。彼の弟に金属加工を生業として工房を開いているバルカンがいるが今日は仕事が立て込んでおり来られないと悔しがっていたそうだ。
「本日はロックを飲み過ぎなのでは…?」
少し心配するミナト。こちらの世界で燻り酒ことスコッチによく似たウイスキーを好むアルカンだが今日はロックのペースが速かった。既にかなり飲んでいる。
「長いこと店を開けなかったミナト殿が悪いのじゃ!儂らドワーフにとってこれ程の美味い酒が飲めぬとは拷問に近かったのじゃぞ?その罪滅ぼしのために今夜のミナト殿は酒を出す責任があるのじゃ!だからもう一杯!たのむ!」
無茶苦茶な理由をつけて頼み込まれてしまう。
「分かりました。あと一杯ですよ?そうだ!新しいお酒を手に入れたんです。それを使えば燻り酒を使ったカクテルができますよ?」
ミナトの言葉にピクリっとアルカンが反応する。劇画的展開だとキラリと目が光ったようなという表現が似合うかもしれない。
「カクテルとな…?ウイスキー・ソーダのようなものかの?」
「いえ…、ウイスキー・ソーダは炭酸水と柑橘を使ってさっぱりと頂けるカクテルですが、今回のカクテルはロブ・ロイと言いましてこちらのグラスを使います」
そう言ってミナトはショートグラスを取り出してみせる。
「それを使うということはグラスには氷を入れずに冷たくして飲むカクテルじゃな?確か酒精も強めになっていると…?」
「勉強していますね?アルカンさん。その通りですよ」
「何杯ここで酒を飲んでいると思っておるのじゃ…。詳しくもなるわい…。それにしてもロブ・ロイか…、興味深いの…、頂くとしよう!」
「畏まりました…」
そう答えたミナトはロブ・ロイに取り掛かる。
使うお酒は燻り酒ことスコッチによく似たウイスキー、ブルードラゴンの里で作られているベルモット、そしてウッドヴィル家秘伝のオレンジ・ビターズである。ショートグラスは冷凍庫で冷やしておき、ミキシンググラスを用意した。
「ミナト殿?そのカクテルは燻り酒を使うものなのか?」
そうアルカンが聞いてくる。
「実は私の故郷にマンハッタンと呼ばれる大変有名なカクテルがあります。それの燻り酒の種類だけを変えたもの…、それがロブ・ロイなんです」
「確か酒や少しの調合の違いでカクテルの名前が変わることはよくあると言っておったと思うがそれか?」
アルカンは大変に優秀な生徒であるらしい。素晴らしい返しを貰ったミナトは嬉しくなって返答する。
「よくご存じで!マンハッタンは燻り酒を使いますがその原料には麦の他にトウモロコシが入っている必要があります。この燻り酒は麦のみを使用して造られているためそういった燻り酒を使ったこのカクテルの名前はロブ・ロイになるという訳です」
マティーニは造れるようになったが未だにバーボンは入手できておらずマンハッタンは造れていなかった。厳密にはライ・ウイスキーかもしれないがバーボンで問題ないと思っている。
「なるほど…、味は結構変わるのかの?」
「燻り酒の性質に大きく影響されますが、私の個人的な意見だとマンハッタンの方がスムーズで飲みやすいかと思います。泥炭を炊き込むこの燻り酒の方が特徴的であり、個性的な味わいになるかと…」
「では儂は先に個性的な味を楽しむという訳だな…。それもまた面白い…。しかしトウモロコシを使った燻り酒か…、儂は聞いたことがないが…」
「いつか入手出来たら飲んで頂きますね?」
「楽しみが増えたな…」
そんな会話を楽しみつつミナトはカクテルを作成する。
先ずはミキシンググラスに氷を投入する。バースプーンで軽く氷を回しミキシンググラスの温度を下げる。そうしておいてミキシンググラスにストレーナーを取り付けると氷が溶けた分の水を切った。次にストレーナーを取り外し、そこにオレンジ・ビターズをふた振りほど振り入れた。
ジガーとも呼ばれるメジャーカップを使って燻り酒ことスコッチを四十五mL、ベルモットを十五mL、ミキシンググラスへと注ぎ入れた。バースプーンで静かにステアする。味を薄めないため氷を必要以上に溶かさないよう慎重に
しっかりと温度が下がったことを確認し、よく冷やしてあったショートグラスに静かに注いだ。
「久しぶりに見たが相変わらず見事な所作よな…」
ミナトのカクテルを作る一連の所作にアルカンが感心しているが、まだカクテル作りは終わっていない。銀製のカクテルピンに刺したレッド・チェリーをゆったりとショートグラスに沈める。このサクランボのシロップ漬けは運よくマルシェで購入したもの。前の世界のものほど赤くはないが今はこれで満足しているミナトであった。最高のサクランボはレッドドラゴンの里で採れるのでいつかは自作をとも考えている。
「どうぞ!ロブ・ロイです」
その言葉と共にアルカンの前へとグラスを差し出した。
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