第157話 傷ついた魂の末路

「ミオ!ベッドに寝ている人の容態は?」


 椅子に座り続けながらブツブツと何事かを呟いている真っ黒い生地に金色の稲妻のような模様が入ったスーツを纏った男から視線を外すことなくミナトはミオへ問いかけた。


「ん。状態は良くない…。この人が公爵?」


 ミオが答えて確認してくる。


「ミオよ。我が冒険者ギルドの資料室で姿絵を確認してきた。この男で間違いない。この者がスタンレー公爵タルボット家当主ロナルド=タルボットだ」


 デボラがミオにそう返した。


「ん。了解。……とてもタチの悪い呪いの類…。意識と五感をそのままに体の動きだけを奪う…。対象を動けない生ける屍とする呪い…」


「ということはこの人は今も意識があって周囲を理解しているってことか…。治せる?」


「ん。マスター。昔のボクではちょっと難しかったけど今なら簡単…」


 ミナトに答えるのと同時に部屋に設置されたベッドを中心に青く光り輝く魔法陣が展開される。ブルードラゴンだったミオだがミナトの【眷属魔法】である眷属強化マックスオーバードライブの効果により水皇竜カイザーブルードラゴンへと進化していた。


【眷属魔法】眷属強化マックスオーバードライブ

 極めて高位の眷属を従えるという類稀な偉業を達成したことによって獲得された眷属魔法。眷属化した存在を強化する。眷属を確認して自動発動。強化は一度のみ。実は強化の度合いが圧倒的なので種を超越した存在になる可能性が…。


 その魔法陣を見て男が杖に縋りつきながら立ち上がった。


「ヤ、ヤメロ…、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ…、させぬ、そんなことはこの私がユルサナイ…。ユルサンゾキサマラァアアアアアア!!」


 もはや正気を保っているとは思えない口調で喚き散らすと共に男の周囲に魔力が集まる。かなりの魔力量だ。気づいたシャーロットが前に進み出る。


「やめなさい!魂がそこまで傷ついた状態でそんな規模の魔法を行使してはいけないわ!そんなことをしたら自身の存在を保てなくなる!たとえ東方魔聖教会連合の残党であっても何もできないその状態から命を奪うほど私たちは落ちてはいない!だから大人しく立ち去りなさい!」


 男を制するかのようにそう叫んだ。これはミナトと話し合って決めたことである。もしこの男にここで会ったとしてかなりのダメージを受けている筈だから何もせずに去るのであれば追わないと。しかし男は納得できなかったらしい。


「フザケルナ…、エルフ風情が…、ワレラハ魔王様ノ尖兵…、イツノ…、いつの日にか…、ワレラガ…、ワレラガ魔王様ヲオムカエスルノダーーーーー!」


 男の魔力が膨れ上がった、その時…、


「?」


 男の魔力が霧散し床へと倒れこんだ。躰を支えるために杖を握っていた右手が塵のように崩れ落ちたのである。


「ガァアアアアアアア!!」


 苦しいのか絶叫すると同時に全身が塵のように粉々に崩れ落ちる。そんな塵すらも跡形もなく消えてしまいあっという間に男の存在が消滅してしまった。


「傷ついた魂が魔力の行使に耐えられなかったのよ…」


「死ぬことを願ったわけではないのだけれど…」


 複雑な表情でミナトが呟く。衝撃的な死に方を目の当りにしたが心に負担は感じない。【保有スキル】泰然自若が効いているのだろう…。


「忠告はしたのだからミナトが責任を感じることではないわ!それよりも公爵のことを優先すべきよ!」


 そう返してくるシャーロットに頷き、ミナトはミオへと視線を移した。ミオの回復魔法が行使されているのか魔法陣が一際青く輝いている。そうして青い輝きが徐々に小さくなって消えた。


「ん。マスター!解呪に成功した!これで大丈夫!」


 無表情のままにピースサインを出してドヤッっとポーズを決めるミオ。


「流石にこれ回復に関してはミオの実力を認めねばなるまい。見事であった」


 デボラも素直に感心している。


「ミオ!ありがとう」


 そう言ってミオに笑顔を向けたミナトはシャーロットを伴いつつベッドサイドへと移動した。


「あなたがスタンレー公爵タルボット家当主ロナルド=タルボットで間違いないですか?」


 未だベッドに横になりつつ驚愕の表情を浮かべている老年の男性にそう話しかけた。年のころはモーリアンに近いだろう。声をかけられびくりと体を震わせた男性であるが、現状を理解したのか、


「うむ…、私がロナルド=タルボットだ…」


 掠れた声でそう返してくる。ミナトは新たに得た【収納魔法】である収納レポノを使用しグラスを取り出す。それを見たシャーロットが無言のままにグラスを冷たい水で満たした。それを差し出すと、


「み、水魔法で作成した水を直接飲むのは危険なのでは…?」


 こんな状況にも関わらず狼狽えつつも冷静にそう言ってくる。どうやら公爵ともなると水魔法にも詳しいらしい。そこでミナトが一度飲んで実践してみせてから改めて飲んでもらうと少し落ち着いたようである。


「どうやら私は息子たちの策にはまったところを君たちに助けられたらしい…。ところで君たちは何者かな?王国の影などではないようだが…」


 ミオはロナルド=タルボットにかけられていた呪いは意識と五感をそのままに体の動きだけを奪う呪いと説明していた。つまり今回その周囲で起こっていたことはある程度は知っているのかもしれない。


「私の名はミナト。F級の冒険者です。病み上がりで申し訳ないのですが、ちょっと同行をお願いします。会ってほしい人達がいるもので…」


 ミナトの言葉に怪訝の表情を浮かべる公爵家当主。F級冒険者に引っかかったのか…、それともいきなり同行しろという提案を訝しく思ったのか…。


「一応、聞かせてもらおうか…。どこへ私を連れて行く気なのかね?」


「なに…、直ぐですよ?ここに転がっているあなたの長男と一緒にミルドガルム公爵ウッドヴィル家の領都アクアパレスまで行くことになります」


「な…?い、いまなんと…?アクアパレス…?」


転移テレポ!」


 問答無用で発動した【転移魔法】の転移テレポが公爵家当主と転がっていたその長男、そしてミナトたち一行をその場から転移させるのであった。


【転移魔法】転移テレポ

 眷属の獲得という通常とは異なる特異な経緯から獲得された転移魔法。性能は通常の転移と同じ。転移元と転移先の双方に魔法陣を設置することで転移を可能にする。転移の物量および対象に関して様々な条件化が全て術者任意で設定可能。設定した条件を追加・変更することも可。魔法陣は隠蔽することも可。

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