第156話 スタンレー公爵タルボット家の敷地内

 ここはルガリア王国の王都。大陸でも有数の規模を誇り、人と物が集まる経済の拠点の一つである。大陸内部の平野にあって四季を通して季節の移り変わりを鮮やかに感じることができる街としても知られていた。また近くにある大河ナブールから運河が引かれており陸路だけでなく、水路も利用することで多くの人と物がこの王都に集まってくる。


 今の季節は夏、時刻は深夜。歓楽街の喧騒は未だ収まる気配がない。そんな歓楽街とは対照的に夜に沈黙の帳が降りる区画が中央にそびえる王城の周囲に造られた貴族街である。歓楽街の喧騒も貴族街までは届かない。


 そんな貴族街の一角、ひと際大きな敷地の上に立つ荘厳な趣をもつ貴族邸、鉄製の黒い柵があしらわれた高い石壁に囲まれたその塀には獅子のレリーフが刻まれている。ルガリア王国において二大公爵家の一つとされるスタンレー公爵タルボット家の屋敷である。


 その広大な敷地内、本邸から少し離れたところにもう一つ屋敷が建てられていた。いわゆるというやつである。普段は重要な来客時などの場合にのみ使われる建物であるが、何故かこの数週間は多くの騎士達が駆り出され厳重な警備が敷かれていた。そして今夜は特に厳重な警戒態勢がとられていた。その筈だった…。


 そんな警備に就いた騎士達であるが今は全員が意識を失って地面に倒れ伏している。の周囲は音も人影もなく本邸にいる者達もその異変に気付くことはできていない。


 外の警備を失ったの中、移動する四つの人影を認めることができる。その人影に室内を警備していた騎士の一人が気付く。


「何者…?」


 台詞を全て言うことは叶わず意識を失いその場に倒れこんだ。


『は~…、相変わらずとんでもない魔法よね…。普通だったら絶対にできない芸当だわ…』


『マスターがこの世界を滅ぼそうと思わないことこそがこの世界に生きる者にとって何より重要なことであろうな…』


『ん。間違いなくかつての魔王以上!』


 なんとも呑気な念話が聞こえてくる。


『シャーロット…、それは褒めているんだよね?お願い!そう言って!!デボラ!おれはこの世界を滅ぼしたりしません!そしてミオ!おれは魔王じゃありません!』


 この建物を取り囲むがごとき勢いで警備していた騎士達と建物内を巡回していた騎士達、彼等の意識を悉く奪いながらミナトはシャーロット、デボラ、ミオを引き連れてタルボット家のを歩いている。【闇魔法】である堕ちる者デッドリードライブが今夜も猛威を振るっていた。


【闇魔法】堕ちる者デッドリードライブ

 至高のデバフ魔法。対象の能力を一時的に低下させます。低下の度合いは発動者任意。追加効果として【リラックス極大】【アルコール志向】付き。お客様に究極のリラックス空間を提供できます。


 今回は騎士達の意識を低下させ一時的な失神に追い込んだのである。目指しているのは主賓の寝室。


「ここかな…?」


 ミナトが呟く。今日のミナトは【闇魔法】の絶対霊体化インビジブルレイスを発動していない。目の前には豪華な意匠がこらされた木製の扉があった。何の躊躇もなく身体強化を施したミナトがその扉を蹴り破る。


「侵入しゃ…」


「狼藉もの…」


「うぐ…」


 二人の騎士、そして騎士とは明らかに異なる高貴な身分を示す装いをした三十過ぎの男が意識を失いその場で床に倒れこむ。部屋の中央には大きなベッドがあり誰かが寝かされている。まだ辛うじて息があるようだが、ミナトの視線は部屋の隅へ向けられる。


「ナニモノで…、す…、か~」


 ボロボロに掠れているところを可能な限り押し殺した男の声がミナトたちの耳へと届いた。


「やっぱりね…」


 ミナトが呟く。その男はバルテレミー商会で見かけた気味の悪い笑みを浮かべた背の高い男であった。以前と同じように真っ黒い生地に金色の稲妻のような模様が入ったスーツを纏っている。


『シャーロットがヤバい魔法を当てたのもこいつかな?かなり弱っているみたいだけど…』


『魔力の感じから言って間違いないわ…。私とミナトの魔法攻撃を魂へ直接的に受けたのよ?これくらいは当然かもしれない…』


 男の状態は最悪に見えた。左腕はすでに無く、椅子に座っているにも拘らず杖をつかないと上半身を支えることもできないらしい。また体中のあちこちに包帯を巻いてはいるのだが出血が止まらないのか大量の血液が滲み出しその足元に血だまりを作っていた。


「お前は…、あの森にいた忌々しいエルフ…、そしてその顔…、貴様はウッドヴィル邸で邪魔に入った…、何故だ…、何故…、この場所を…、この計画を…、何故だ…?何故…、何故…、何故…」


 呆然とした表情で呻くように何故と言い続ける男。


「悪いけどは助ける」


 男から視線を外すことなくそう言い放つミナト。


『これできっとモーリアンさん達への危機はなくなる筈だから…』


 ミナトの念話とも呟きともとれない心の声をシャーロット、デボラ、ミオの三人は確かに聞いたのであった。

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