第150話 領都アクアパレスの夜

 深夜…、真夏とはいえウッドヴィル家の領都アクアパレスの夜は多数の運河や水路の影響か風が涼しく過ごしやすい。この時間帯、ここが王都であれば歓楽街などは賑やかな喧噪に包まれているのだが、ここアクアパレスは中心街にある一部の酒を出す店以外は既に夜の眠りについている。


『ミナト?かなり厳重に警戒していると思うけどやっぱり今夜かしら?』


 念話でそう聞いてきたのはシャーロット。光魔法で姿を消し、風魔法で音を消すことでその美しい姿を隠しつつ、ウッドヴィル家本邸の屋根の上から中庭を見下ろしている。その中庭では十名以上の騎士が警備についていた。屋敷内にも厳重な警戒が敷かれているだろう。


『間違いないと思うけどね…』


 【闇魔法】絶対霊体化インビジブルレイスで姿を隠蔽しシャーロットの隣に立つミナトがそう返す。シャーロットが自身にかけている魔法はやっぱり光学迷彩だなと思ってしまうミナト。今回はそのことを口に出すのは止めておいた。


『昼間はものすごく取り乱していたからね…。あれじゃ公爵家の次男としてはちょっとな…。おれの勝手な予想だけど相手方はこっちが複製品レプリカを用意することを見越してこんなことをしたんじゃないかと思っている。もしかしたら複製品レプリカを用意したという情報が漏れていたのかもね…』




 本日の日中…、鑑定が行われた後…。


「え!?」


 間の抜けたような声を上げたサディアスはきっちり十秒は固まった後、辛うじて心を立て直し魔道具師に確認する。


「た、確か…、確かなのか?」


 声が上擦り、大量の冷や汗を流すサディアスにそう問われた魔道具師は首を傾げつつ再度証言した。


水竜の紅玉ブルーオーブは間違いなく本物です。異常はございません」


「う、うむ…」


 しっかりと断言されそれを何とか受け入れようとするサディアス。顔面は青ざめるのを通り越して土色になっている。


「如何された?サディアス殿?長旅で体調を崩されたのであればこちらで休憩室を用意させて頂いているが…」


 極めて自然な態度でサディアスの体調を心配するライナルト。さすが公爵家の当主と言ったところだろう。モーリアンも含めて水竜の紅玉ブルーオーブが本物と鑑定され本人も驚いている筈だがそんな態度はおくびにも出さない。


「だ、大丈夫…、で、ございます…」


 何とか声を絞り出すサディアス。


「しかしこれで安心した。サディアス殿も知っての通り明後日は婚姻の儀を執り行う予定がある。それまでに一度は鑑定を行うべきと考えていたのだが我が家の魔道具は整備中で使用ができず困っておったのだ。この時期に鑑定を行うというサディアス殿の機転に感謝する」


 にこやかに貴族らしい笑みを浮かべて感謝を述べるライナルトにサディアスは複雑な表情を隠すことができていなかった。




『ミナトは相手側が複製品レプリカがあることを想定していたって思うの?』


 シャーロットが聞いてくる。


『多分ね…。当主のライナルトさんも言っていたけど婚姻の儀の後になって複製品レプリカであることが判明してもライナルトさんが責任を取ることで婚姻そのものは成立させることができると思う。ルガリア王は味方な訳だしその辺りで手を打てる筈なんだ。だから婚姻の儀の前に複製品レプリカだと判明させることが重要だったんじゃないかな?そしてウッドヴィル公爵家は何年もの間にわたり水竜の紅玉ブルーオーブが偽物であることを隠していた…、とかって糾弾する…、証人とかもでっち上げてね…。あのラジョーナス司祭とかが買収されていたりして…。まあそれはいいけど、そうなると婚姻の儀の後ろ盾であるウッドヴィル家の責任問題となり今回の婚姻を引き延ばすか難しくさせることができる…。これは公爵家としてとても不名誉な汚点ってことになるだろうから結果としてウッドヴィル家の影響力、つまり政策を推し進めているモーリアンさんの影響力に深刻なダメージを与えるってところかな…?』


 ミナトの予想にシャーロットは首を傾げる。


『東方魔聖教会連合の残党が関わっている割に随分と搦め手のような気がするわ…』


 そのことに関してはミナトも同意の意思を示す。


『武力による襲撃はことごとく失敗しているからね…。今回の策は別の誰かが考えたのかもしれないな…。でもそれも限界だと思う』


『さっきも聞いたけどミナトは今夜に襲撃があると予想しているのね?』


『ああ。昼間に鑑定結果を聞いたライナルトさんが本物の水竜の紅玉ブルーオーブがあることを宣言したからね。婚姻の儀は明後日だからそれまでに再鑑定を行う指令書が出せるとは思わない。今夜や明日、神殿に誰かを送り込んで水竜の紅玉ブルーオーブを破壊してもそれを隠匿して婚姻の儀を行ってしまえば…、それこそ複製品レプリカを使えれば後はどうにでもなる。だから相手方に残された道は強硬手段…、今回の婚姻の儀や政策に関わる者の抹殺以外に道はなくなったと思うんだ…。そしてそのことはライナルトさん達も分かっている。だからこそのこの警備体制かな?』


 そんなことを語っていると、


『ミナト!』


 シャーロットが声をかけてくる。ミナトの索敵能力にも反応があった。結構な人数で襲ってくるらしい。


『シャーロット!デボラとミオも待ち構えている筈だからあいつらの迎撃をお願い!おれはモーリアンさん達のところに行ってくる!』


『分かったわ!気を付けて!』


 ミナトは姿を消したまま中庭へと飛び込むのであった。

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