第148話 ウッドヴィル家の執務室

 イストーリア侯爵ヴィシスト家の次男であるアラン=ヴィシストとマウントニール侯爵サンケインズ家の次女であるゾーラ=サンケインズの婚姻の儀を三日後に控えたこの日、領都であるアクアパレスは夏の晴天に恵まれているにもかかわらず、ウッドヴィル家の本邸、その執務室では当代公爵であるライナルト=ウッドヴィル、先代公爵のモーリアン=ウッドヴィル、ライナルトの娘であるミリム=ウッドヴィルの三人が浮かない表情で集まっている。そこに執事のブライクが書類の束を抱えて報告にやってきた。


「ブライクよ…、騎士団と冒険者たちはどうじゃ?」


 低い声色でモーリアンが執事に問いかける。


「ジャイアント・フロッグの群れに苦戦を強いられており、未だ水のダンジョン第三階層を突破できていないとのことです」


「ティーニュ殿でもダメか…?」


「ティーニュ様にも参加頂いておりますが、あの方はどちらかといえば対人戦を得意としており、殲滅力が必要な第三階層との相性が悪いとのことで…。魔法が使える高位の冒険者を探してはおりますが、あと三日では難しいのが現状です」


「むぅ…」


 報告を聞いたモーリアンが呻く。


 婚姻の儀を間近に控えた現在、水竜の紅玉ブルーオーブが破壊されたことの対策を余儀なくされたウッドヴィル家はというものを打てないでいた。単なる婚姻であれば水竜の紅玉ブルーオーブの存在は大して問題にならない。しかし今回の婚姻の儀はこの国に仇なす者達を炙り出すため、どうしてもアクアパレスで行う必要があった。そこでアラン=ヴィシストがウッドヴィル公爵家と懇意にしていることに加えて、王家を巻き込み此度の婚姻は水竜の紅玉ブルーオーブ…、つまりは水竜の加護の下で行うべしという勅令を出してもらうことでアクアパレスにおいて婚姻の儀を行うことの大義を作り出したのである。


 そのため水竜の紅玉ブルーオーブがあるということが重要になる。神殿では常日頃から精強な衛士が厳重な警戒をしていたのだが…、まさか衛士達が惨殺され水竜の紅玉ブルーオーブが破壊されるとは全く想定外の事態であった。


 この問題への対処として真っ先に思い当たったのが冒険者による水のダンジョン攻略である。水竜の紅玉ブルーオーブが水のダンジョン最下層にあるということは、古文書などの研究でほぼ間違いないとされていた。


 しかし、水のダンジョンは世界最難関ダンジョンの一つであり記録があるだけでも百年以上にわたって第三階層までしか攻略されていない。現にウッドヴィル公爵家が今回のために雇った冒険者達も第四階層には到達できないでいた。さらに水のダンジョンはこれまでの研究で百層以上あるのではと推察されている。あと三日でどうにかなるものではなかった。


「ブライク…、それでミナト様達のパーティの行方は…?」


 今度はミリムがブライクへと問いかける。


「お嬢様、申し訳ありません。そのミナトというF級冒険者が率いているパーティの行方ですが当家の依頼を完了し冒険者ギルドで報酬を受け取ったところまでは確認できました。ですがそれ以降の足取りが全く掴めません」


「王都に戻られたのでしょうか…?」


「その確認のため人を使って調べましたが領境の砦でもそのような冒険者が通った形跡はございませんでした。他の地にある領境の砦にも確認させていますが、今のところ情報はありませんでした。領内にいるとは考えられますがそれ以上は…」


「そうですか…」


 ブライクの報告に俯いてそう返すミリム。彼女はミナトたちであればこの事態を何とかしてくれると考えていたのかもしれない。


「水のダンジョン攻略はもはや難しいだろう…。ブライクよ、完成したという複製品レプリカはどうした?」


 最後に当主であるライナルトが執事に尋ねた。


「昨日、神殿に安置しました。本物と同様の形で衛士達が警備に就いております。制作に関わった者、事態を知っている者は婚姻の儀が終わるまでこの敷地内にございます別棟で過ごすことにさせております。情報が漏れることはありますまい…」


 執事の言葉に頷くライナルト。


「せめてあと三日…、婚姻の儀さえできれば、その後に偽物だと糾弾されても『知らなかった』として私が責任を取り隠居すれば済む…」


「敵はそれを待ってくれるでしょうか…?」


 心配そうにそう言うのはミリム。そこが懸念すべきところである。断れない立場の者が婚姻の儀の前に水竜の紅玉ブルーオーブの鑑定を迫った場合…、今のウッドヴィル家に取れる手立てはほぼ無いと言えた。


「ご報告させて頂きます!」


 その言葉と共に使用人の一人が執務室へと駆けこんできた。彼は現時点における全ての事情を知らされている者の一人であり、緊急事態であれば誰の許可もなく執務室への入室が許されている。


「何ごとだ?」


 ライナルトが返す。


「スタンレー公爵タルボット家より先ぶれの使者が来ました。スタンレー公爵タルボット家当主ロナルド=タルボット様の名代として次男であらせられるサディアス=タルボット様が明日の正午、神殿への視察を行うとのことです!またサディアス=タルボット様は直接神殿へ向かわれるとのこと!」


「なんと…、タルボット家とは…」


 流石のライナルトも驚きの表情を浮かべる。


「おじい様…。これは…」


「偶然な筈があるまいて…。しかしロナルド殿は此度の婚姻や政策に賛成であったのじゃが…」


 ミリムもモーリアンも最悪の事態を予想する。


『なるほどタルボット家からの視察か…。恐らくルガリア王の許しも貰っているのだろうし…、同格である二大公爵家からの視察依頼は断れなさそうだ…。これは明日が楽しみだね…』


 ミナトが心の中でそう呟く。【闇魔法】絶対霊体化インビジブルレイスを発動しているミナトは最初から執務室で全ての話を聞いていた。そしてそれに気付くことができた者は…、唯の一人もいなかった。

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