第133話 水のダンジョンを進む(落ちるともいう)

 三人を乗せ、シャーロットが魔法で作成した土の小舟が就航する。蒼き月と満天の星空を見上げながらの出航は、絶世の美女二人を連れている身としては最高の雰囲気を演出していると言えるのだが…、ミナトの視線の先には大量の水が流れ込んでいる直径五百メートルはあろうかという大穴が口を開けて待っている。


「本当だ…。何もしないのに真っすぐ大穴に向かっている…」


 シャーロットの言った通り帆もオールもない小舟は何かの力に引き付けられるようにするすると大穴に向かって進む。


「結構ゆっくりだな…」


 そのスピードはなかなかに緩やかでジェットコースターの序盤にあるゆっくりと登っていく行程によく似ている…、とミナトは想像力で態々考えなくてもいいイメージを頭に描いてしまい後悔する。


「なんでそんなイメージを思い浮かべたのか…、そしてそんなところまで似せなくていいのに…」


 ぐったりした表情のミナトに比べて傍らの美女二人は何やら楽しそうにしている。


あの子たちブルードラゴンに会うのも久しぶりね。元気にしているかしら?」


「うむ。世界を取り巻く属性に乱れは感じない。のんびり屋のあやつらのことだ…、息災にしているのだろう」


「…デボラ、私が行ったら驚くかしら?」


われが火のダンジョンでシャーロット様の姿を目の当りにしたときの驚愕を忘れたのか?」


「ミナトの闇魔法に一網打尽にされていたしね?」


「マスターによる規格外の闇魔法で無力化された後、シャーロット様が現れた…。あの場にいた者達は避けられない死を覚悟したのだが…」


「私ってあの時二千年前そんなに暴れたかしら…?」


というのはこういう時のために使うのだろうと我は認識した…」


 楽しそうな雰囲気とは異なり妙に物騒な話が聞こえてくるような気がするミナト。多分、聞いてはいけない話が過分に含まれている可能性が高い。ミナトの耳には文字通り『あの時』と聞こえたのだが、あの時がいつなのかは聞かない方がいいと考えたミナトは二人の会話を聞き流すことにする。


 そうこうしているうちに小舟が徐々に大穴へと近づく。大穴の直径は五百メートル程、ナイアガラの滝を上流から小舟で下って滝壺に突入するのと同じ状態と言えた。文章で考えると正気の沙汰ではないとミナトは思う。断崖まであと少しというところまで小舟が迫った。


「ミナト!ここからが本番よ!楽しんでね!」


 そう言ってとびっきりの笑顔と共にウインクを飛ばすシャーロット。王都の歓楽街でこれをやれば千人中千人が落ちる魅力に溢れていたのだが今のミナトには引き攣った笑みを返すのがやっとであった。


「マスター!これは貴重な経験だぞ!人族でこれを経験することは滅多に…、い、いや…、おそらく生き残れるのはマスターが初めてだな…」


 デボラも右手の親指をぐっと立てて最高の笑顔でそう言ってくる。いよいよ舟が岸断崖の端に達した。


「デボラ!?それってみんな助からなかっ…、え…?」


 デボラの言葉が聞き捨てならなかったミナトが問いかけようとするが、ふと視線を下に向けた先の光景にミナトは言葉を失った。蒼き月と満天の星空の下、大量の水が流れ込むその先は…、


「嘘だろ…、ってこのことだった?」


 恐怖を通り越して妙に冷静になったのかミナトがそんな言葉を呟く。ミナトは視線に何も見いだせなかった。そこなには…、只々、深い闇が広がっていたのである。


「結界!」


 シャーロットの声と共に真下へと傾いた小舟は自由落下の如く、地の底へ向けて落下を始める。


「…………………(これは怖い)」


 ミナトは小舟の縁をしっかりと握りつつ声もなく周囲を確認する。シャーロットの結界によるのか風圧は感じないがごうごうと風と水の流れる音は聞こえてくる。小舟は何らかの力に吸い寄せられるのか同じ落下する水流に合わせるかのように真下へと凄まじい速度で落下を続けている。


「マスター!魔物だ!」


 デボラの声に反応してミナトが周囲を確認すると、垂直に流れ落ちる水流の中から巨大な影が飛び出してくる。


「ワニ!?あのサイズは恐竜だろ!?」


 ミナトが思わず声を挙げる。飛び出してきたのは真っ黒なワニの魔物。ただその大きさが尋常ではない。体長が十五メートルを超えているように思われる。


「たしかジャイアント・デビル・アリゲーターだな…。たしか第八十階層以下に現れる魔物だ。炎槍フレイムスピア!」


 デボラの言葉と共に放たれたレーザーのような熱線が的確にワニの頭部へと突き刺さり魔物はその動きを止め、垂直に流れ落ちる水流にその姿が沈んでゆく。垂直に落下しながら沈むという表現もおかしなものだとミナトが思っていると、次々と黒いワニが襲い掛かってきた。


「ここは我に任せてもらおう!炎槍フレイムスピア!」


 デボラから放たれる数多の熱線で黒いワニ達があっさりと沈められる。


「こ、これってシャーロットの結界と襲ってくる魔物を斃す攻撃力がないと無理なんじゃ…?」


「そうかもね~、でも簡単に降りられている。そうでしょ?」


「はい…。それは否定しません…。しくしく…。それよりもシャーロット!あのワニって強いんじゃない?」


「何を言ってるの?ミナトでも瞬殺よ!ただ普通の人族や亜人にとってはちょっと違うわ。彼らにあれは絶対に斃せない。滅多にないけど地上に現れたら水辺の魔王降臨とかって大騒ぎになって縄張りとされる周囲数十キロは立ち入り禁止区域になるくらいかしら…」


「それを瞬殺できるんだ…。シャーロット!知ってる?おれも普通の人族だった時があったんだよ…、きっと…」


「そんな遠い目をしないの!ほら見て!もうすぐ終点よ!」


 スカイダイビングは一分で時速二百キロまで出るという。この小舟の速度も時速二百キロくらいは出ているだろう。いや不思議な力で垂直落下する水流に乗っているのでもっと速度が出ているのかもしれない。そんな勢いのままシャーロットの声に導かれるようにミナトは真下へと視線を向けた。


 完全な漆黒の闇だった空間に明るい光が見える。それがどんどんと大きくなると同時にその先に何があるのかミナトは直感的に理解した。水面だ…、明るい空間にある水面が信じられないくらいの速度で迫ってくる。


「こ、こ、この勢いってヤバくない!ヤバいって!マジデヤバイ!」


 ミナトが語彙力に異常をきたす。やはり【保有スキル】泰然自若は作用していないらしい。


「………」


「とうちゃーーーーーーーく!!」


「久しぶりの再会といこう!」


 その瞬間、


 バァッシャアーーーーーーーーーーーーーーン!!!


 小舟が凄まじい勢いで水面へと叩きつけられるのであった。

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