第129話 水のダンジョンへ
ルガリア王国における二大公爵家の一つであるミルドガルム公爵ウッドヴィル家、その領都が王国の文化的中心地とされる水の都アクアパレスである。美しい湖畔が続くエルト湖と呼ばれる湖に隣接して造られた街並みは無数の水路が張り巡らされさながらイタリアのベニスといった様相である。水路は流通の要として使用され、利便性と共にこの街に独特の優美さをもたらしていた。
時刻は正午、夏の太陽に照らされる風光明媚な湖畔沿いの街道にあったのが、
「神殿…?」
思わずそう呟くミナト。彼の眼前には石造りの建物があった。
大きな門、高い尖塔、窓には色褪せたステンドグラスが填め込まれておりどこか神々しさを感じる。かなりの年月が経過しているのか柱や壁面は風化し、かつて刻まれたであろう模様は見えなくなっていた。
カクテルを楽しんだ翌日、午前中に王都の冒険者ギルドで水のダンジョンの情報を入手したミナトたち一行は
「なるほど…。王都のギルドで貰った地図の通りだ…」
王都の冒険者ギルドで入手した地図を手にミナトが言う。
「そうね、ここが水のダンジョンの入り口よ。場所は昔と変わっていないけど…、寂れたわね…」
「ガーライの神殿…。これ程までに朽ちてしまうとはな…」
シャーロットとデボラが感想を述べてくる。彼女たちの話ではこの街アクアパレスはかつて古都ガーライと呼ばれこの神殿が街の象徴であったらしい。この神殿からエルト湖こと神秘の湖ヴィナスハートレアの地下広がるダンジョンに入ることができるという。
「結構冒険者が多いね」
「なかなかに稼げるダンジョンって話だったわ」
「それにしても人族や亜人に知られているのが第三階層までとは驚きだ。そんなところは変わっていない。もっと探索が進んでいると思っていたのだが…」
デボラが言った通り、冒険者ギルドで集めた情報では水のダンジョンは第三階層までしか探索されていないというか、それ以上深く潜った場合の命の保証はできないことだった。
第一、第二階層には弱い魔物が少ない頻度でしか出現しないが落とす宝石は需要があるらしく比較的良い値で取引されるため、かけだしや低級の冒険者が活動しているという。そして第三階層では魔物が落とす魔石が高額で取引されるため命懸けで上級冒険者が活動しているというのだ。第四階層まで行って戻ってきたものは未だかつて一人もいない…、というかそもそも第四階層まで行ったという記録そのものがないのだとか…。
『シャーロットやデボラの話だとブルードラゴンって水のダンジョンの最下層にいるんだよね?火のダンジョンはとんでもなく広大な第十階層が最下層だったけど…』
周囲に冒険者がいるためミナトは念話に切り替え確認する。
『ええ。水のダンジョン第百五十階層ね。そこにブルードラゴンの里があるわ。二千年前から探索できる階層が変わっていないところを見ると人族や亜人が辿り着くのは不可能ね』
シャーロットの言葉にそんな第百五十階層を目指そうとしている自分が人族なのか少し疑問に思って遠い目をするミナト。
『じゃあ、なぜウッドヴィル家が統括している神殿に
『推測でしかないのだけど、ウッドヴィル家の初代とか昔の人がこの街をアクアパレスとしたときにブルードラゴンとの交誼があったのかもしれないわね。ま、その辺りは本人に聞けばいいわ!』
ミナトの疑問に対するシャーロットの回答が軽い。それはルガリア王国の歴史学において重大事項のような気もするミナトだが気にしないことにする。
『シャーロット様?我らは例の方法で最下層を目指すということでよいのか?(ニヤリ)』
『もちろんよ、デボラ!あの方法が一番簡単だし楽だもの!(ニヤリ)』
デボラとシャーロットが少し悪い笑顔になってそんなことを言っている。途端に不穏な空気を感じるミナト。
『シャ、シャーロット?例の方法って?』
何故だろう…。何も聞いていないのにミナトの額や背中に冷たい冷が流れ始める。
「フフフ…、ヒ・ミ・ツ!楽しみにしてね!」
「マスター…。楽しいことが待っていることだけは保証するぞ!フフフフ…」
シャーロットとデボラがとびっきりの笑顔で答える。間違いなく美しい笑顔である筈なのだが何故か彼女たちの背景に深い闇が広がっているような気がする。シャーロットもデボラも闇の魔法は使わない筈なのに…。ミナトは二人に引き攣った笑みで同意を示すのであった。
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