第127話 マルガリータ完成

 真夏の夜…。ルガリア王国の中心である王都は賑やかな喧噪に包まれる。


 日中は主に食材を売っているマルシェと呼ばれる市は、この時間帯、軽食を出す屋台街へと変貌を遂げる。煌々と照らされる魔道具による街灯のおかげでこの辺りは夜でも明るい。そして歓楽街はさながら連日お祭り騒ぎのように酔客で賑わう。若いカップルから枯れた老夫婦まで、様々なことを生業にしている者達が一日の疲れを取るためにお気に入りの店へと吸い込まれた。


 酒場、食堂、商店、宿、娼館まで、金貨が飛び交う超高級店から銅貨一枚で足りる胡散臭い激安店までこの街にはルガリア王国の全てが揃っていた。


 そんな大通りから一本入ると場所によっては途端に静かな通りになる。ミナトのBarも歓楽街から一本入った路地にある。工房が連なる職人街、大店として店を構える商会が多く集まる商業地区、各種の研究所や教育施設が集中する学生街からも近い好立地だ。


「ただいま…っと!」


 そう言ってみたミナトが立っている場所はBarの二階の空き部屋だ。もちろん両隣にはシャーロットとデボラがいる。公爵家には新たな問題が発生しているがとりあえず今晩は依頼達成のお祝いをということになった…。新たなカクテルが飲みたいという絶世の美女たちに屈したわけではない…、きっとちがう…、たぶん…。


 アクアパレスで宿を探してもよかったのだが、転移魔法テレポで王都に戻ることをシャーロットが提案したのだ。


 明日からミナトたちは水のダンジョンに向かう予定だ。ブルードラゴンに会うのが主な目的だがミナトはもう一つ水竜の紅玉ブルーオーブを採ってくることを決めていた。


 モーリアンやミリムといったウッドヴィル家の人々を護るという目的は一応の達成を見たが、黒幕は不明であるし、公爵家には神殿の水竜の紅玉ブルーオーブを破壊されるという新たな問題が発生している。アクアパレスの屋敷にいる限りモーリアン達は安全だろうが水竜の紅玉ブルーオーブを持ってくるのは冒険者達では難しい。ミナトは水竜の紅玉ブルーオーブを手に入れて密かに神殿に届けようと考えた。


 そこまで話したところシャーロットが先の提案…、王都へ転移して夜を明かすことをしたのである。


 今の公爵家はいくら高難易度とはいっても水のダンジョンに潜って水竜の紅玉ブルーオーブを採ってくることができる冒険者を探すはずなのだ。ミナトたちのパーティにもその依頼が出される可能性が高い。もしそんなことになれば騎士や他の冒険者も同行する形…、もしくはレイドと呼ばれるような大規模探索の形で水のダンジョンに潜ることになるだろう。他の者は水のダンジョンの探索においてどう考えてもミナトたちの足手まといである。デボラと出会った火のダンジョンもミナトが一蹴したサラマンダーの群れが現れた時点で冒険者達は詰むとのことだった。水のダンジョンでも同じことになるだろう。


 そしてなによりミナトたちの…、特にミナトの能力を十分に発揮するためには騎士や他の冒険者とは一緒にいない方がよいというのがシャーロットの主張であった。


「ということでマルガリータを作ります」


 そう言ってミナトは準備を始める。カウンターを挟んで向こう側に座っているシャーロットとデボラは目を輝かせていた。


「楽しみね!」

「楽しみだ!」


 美人に期待されるのは悪くない…、というか正直かなり気分がよい。そんなことを考えつつ、レッドドラゴンの里産のテキーラ、同じくレッドドラゴンの里で採れたライム、アクアパレスで手に入れたオレンジリキュール、そして小皿に塩を用意した。半分にカットしたライムを一つ用意し、それとは別にスクイーザーを使って果汁を絞る。当然シャーロットには氷を用意してもらっている。


 次に半分にカットしたライムの切断面でショートグラスの縁を拭う。ショートグラスを逆さまにし、縁を小皿に広げておいた塩へと付け、グラスを回して縁全体へ塩を均等に付けてゆく。グラスの底を叩いて余分な塩や砂糖を落としたら、スノースタイルの完成だ。


「スノースタイルね!ソルティ・ドッグの時と同じだわ!あの時はロックグラスだったけど今回はショートグラスなのね…」

「ソルティ・ドッグか…、あれも美味かった…」


 二人の声を耳にしながらミナトのカクテル作りは続行される。


 シェイカーにジガーとも言われるメジャーカップを使ってテキーラ三十mL、オレンジリキュール十五mL、ライム果汁を十五mL注ぎバースプーンで混ぜる。ここで味見…、その出来に思わず笑みが零れる。ついにマルガリータを作ることができる喜びを感じつつ、シャーロットが作ってくれた氷をアイスピックでシェイク用の氷に砕くとシェイカーへと入れしっかりとキャップを閉めシェイクする。


「本当に…、スムーズな動きよね…」

「見事だ…」


 シャーロットとデボラがミナトの流れるような所作にいつものように感嘆の呟きを漏らしている。そんな呟きを耳にしつつ集中してシェイクしていたミナトは十分にカクテルが冷えたことを確認し、それをよく冷えたショートグラスに静かに注ぐ。


 それを二杯。カクテルが完成する。


「どうぞ…、マルガリータです」


 そう言って二つのグラスをシャーロットとデボラの前へと差し出した。


「頂くわ」

「頂戴する」


 笑顔でグラスを手にする二人の所作はそれだけで美しい。ミナトの心の中には『いい…』というどこかの空賊のセリフが聞こえている。


「美味しい!ミナト!これ美味しいわ!テキーラの独特な風味とライムの爽やかさとオレンジリキュールの甘さ…、それとこの塩が見事に調和している!」

「これは見事…。かなり酒精が強いと思われるが、非常にスムーズに飲めるのはこのバランスの良さにあるのだな!」


 二人が感激して感想を言ってくれる。気に入ってくれたようで嬉しいミナト。


「ミナト!もう一杯頂けるかしら?」

「マスター!我ももう一杯を所望する!」


「いいけど…、他のカクテルはどうしよう?明日は早いしそんなに飲み過ぎない方が…」


 彼女たちは基本的に酒には強い。強いのではあるがジン&ビターズのときは酔っぱらいながら、同じベッドで寝ようとする二人を必死に宥めすかして誘導した。だから飲み過ぎは少し心配になる。


「自宅にいるのだからダイジョーブよ!もう一杯マルガリータを頂戴!その後でホワイトレディとコスモポリタンも頂くわ!」

「うむ。自宅にいると思うと気分が楽だ!マスター!今日は楽しませてもらう!」


『もしかして王都に戻ってきたのはカクテルを存分に楽しみたいから…?』


 ふとそんなことを思うが、笑顔の二人にカクテルを作れること…、そして二人から美味しいと言ってもらえるのは本当に嬉しい。だから…、


「畏まりました!」


 そう言ったミナトは笑顔でマルガリータを作るのであった。

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