第126話 オレンジリキュールに遭遇!

 本日のアクアパレスの天候は晴れ。太陽はやや傾いてはいるが夕方というにはまだ少し早い。今日は休日ではない筈なのだが、そんな時間帯であるにもかかわらず大通りにはカフェと思しき店の多くがテラス席を出しており、多くの人がお茶を飲みやスイーツを食べている。そして大通り沿いに走っている水路にはヴェネツィアと同様に観光客を相手にしているようなゴンドラ浮かび、若いカップル達を乗せてゆったりと進んでゆく。ガイドの歌声が聞こえてきた。


「この人たちはどんな仕事をしている人?観光客?」


 ミナトはゴンドラや大通りのテラス席で楽しんでいる人々を眺めながらそんなことを呟く。


『ミナト!こっちこっち!』


 そんなミナトの頭に念話が響いた。魔力を探ると視線の先でシャーロットが輝く笑顔で手を振っている。その傍らにはデボラが同様の笑顔で座りつつ手を振っている。当然というか…、いつものことというか…、テラス席に座っている周囲の男たちの視線が一気にミナトへと集中した。その視線には過分なまでに敵意が込められている。


 ここが王都の冒険者ギルドであればミナトのがある程度知れ渡っているためこのようなことは起こらない。もの凄くという言葉で形容されるような居心地の悪さを感じつつミナトは笑顔で手を振り返しつつシャーロットとデボラの元へと移動する。視界の端ではカップルで訪れたのにも関わらず、男性がシャーロット達に見惚れた上にミナトへ敵意を向けたことで、蔑ろにされたと感じた女性と男性とで揉め始める光景がそこかしこで繰り広げられ始めているが、ミナトは無視することにした。


「ただいま~!なかなかに大変な話になっているみたいだったよ…」


 そう言いながらミナトはシャーロットとデボラの間に腰を下ろす。周囲の殺気が一段と高まった気もするが、【保有スキル】泰然自若の影響か特に何も感じない。


「ふふ…、ミナト!その前に先ずこれを食べてみて!とても美味しかったのよ!」

「美味いケーキであった。ちなみに既に二人ともお代わりを注文済みだ!」


 シャーロットがフォークに刺して差し出してきたのはチョコレートでコーティングされた一切れのパウンドケーキのようなもの。中央にはジャムのようなものが挟み込まれる形で塗られているらしい。彼女たちにとっては公爵家の一大事など些末な事象に過ぎないのだろう…。ミナトは彼女らに逆らうことなく、とりあえずケーキに着目した。


「何て名前…。むぐ…、……………美味しい…、これは…」


 とりあえずシャーロットに名前を聞こうとしたのだが、問答無用でによって食べさせられた。チョコレートの苦みと甘み、スポンジに挟まれたオレンジマーマレードの程よい酸味、そしてそれを支えるスポンジにもオレンジの風味が付けられている。文句なしに美味しいケーキだ。ちなみにミナトたちの周囲では…、巻き起こる怨念を糧に瘴気が立ち込めているような気もするがやっぱり気にしない。


「美味しいでしょ?名前は…、えっと…」

「カトル・カールとメニューには記載されていたな!」


 カトル・カールというケーキの名前とこの風味…、ミナトには大いに心当たりがあった。


「この風味…、そしてカトル・カール…。オレンジリキュールだ!コアントローにグランマニエ!」


 思わず声が大きくなる。


「リキュールって…、ミナト!このケーキにもお酒が使われているの?」


 シャーロットの言葉に頷くミナト。


「ああ、この風味は間違いない…。カトル・カールっていうのは前いた世界のフランスっていう国で食べられているこういったケーキのことなんだ。どうやら同じ名前らしい。もっとシンプルなものが一般的なのだけど、フランスではオレンジのマーマレードを挟みチョコでコーティングしてこんな風にする食べ方があるんだ。その食べ方の時に使われる酒がオレンジリキュール!このケーキにも使われているよ!」


 ミナトは興奮気味だ。コアントローやグランマニエといった商品があるとは思わないがオレンジリキュールは確実にある。それが嬉しい。


「マスター?そのオレンジリキュールという酒がカクテルに使えるのか?」


 デボラの問いに満面の笑顔になるミナト。


「この酒と今のラインナップならデボラたちのテキーラを使ってマルガリータができる!やっと…、やっとだ…」


 つい感慨に耽ってしまう。マルガリータは重要だ。このカクテルを知らないバーテンダーなど存在しない。やっとマルガリータを作ることができる環境になったことがとてつもなく嬉しいミナトである。


「そしてジンを使えばホワイトレディというカクテルが作れる。デボラたちの里産のクランベリーがあるからウォッカを使えばコスモポリタンも作れると思う。どちらもとても美味しいカクテルだよ。ブランデーがないからサイドカーが作れないのが悔しいけど…」


 そこまで話してハタと気付く。シャーロットとデボラの目が異常に輝いていることに…。


『ミナト!酒屋を探しましょう!公爵家の話は後でじっくり聞くしきちんと対応してあげるから、今夜はカクテルを作って!!』

『マスター!ここまで説明しておいて何も飲めないのは酷すぎるぞ!さあ!オレンジリキュールなるものを購入しに行こう!!』


「もう一つのカトル・カールは持ち帰るわ!」

「もう一つのカトル・カールを持ち帰りで頼む!」


 強引に会計をすました二人。


「行くわよ!」

「行くとしよう!」


 ミナトの右腕はシャーロットがぴったりと貼り付き、左腕はデボラによりがっしりとホールドされる。両腕に花とはまさにこのことの筈なのだがミナトは半ば連行される形で酒屋探しに連れ出されていった。


 その後のテラス席が彼らのイチャつきを発端とした痴話喧嘩による阿鼻叫喚に包まれたことはまた別のお話である。

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