第125話 破壊された紅玉

 ウッドヴィル家の本邸に侵入したミナトはモーリアン達の話からさらなる情報を得ようとする。


「まさか水竜の紅玉ブルーオーブが狙われるとは…」


 顔を顰めてモーリアンが呟く。


「ラジョーナス様?水竜の紅玉ブルーオーブは常に多くの衛士達が護っている筈では…?」


「は、はい…。そ、その件ですが…、水竜の紅玉ブルーオーブは私どもの水竜の神殿の最奥に安置されており…、そして昼夜問わず十名以上の衛士がその監視と警護の任についておりました。し、しかし昨日の早朝のことです…、神殿の別の場所を警護していた者が交代のために最奥へ行ったところ、水竜の紅玉ブルーオーブを護っていた衛士十名全員が殺害されているのを発見しました」


 ミリムの問いにラジョーナスと呼ばれた司祭は土色の表情に悔恨の念を含ませながらミリムへと返答し、その内容にミリムは顔を青ざめて言葉を失った。


「そして最奥には衛士達の亡骸と砕けた水竜の紅玉ブルーオーブが残されておりました」


 その言葉にモーリアンは俯くがすぐに顔を上げる。


水竜の紅玉ブルーオーブ以前に犠牲となった衛士の家族にはどのように?」


「モーリアン様、神殿の衛士は我が神殿の孤児院出身の者が務めます。命がけの任務故に肉親がいる者を任ずることはありません。婚姻を結んだ者も別の任に就くことが定められておりますので…」


「そうであったな…」


「ただ肉親以外の縁者への連絡はこれからとなります。ただ状況を考えるとすぐに連絡というのは難しいかと考えておりまして…」


「むぅ…、確かに…」


 モーリアンが難しい顔となり押し黙った。


『水竜の神殿って場所があるんだ…。後でシャーロットとデボラに聞いてみないと…、そして神殿ってところに水竜の紅玉ブルーオーブが安置されていた。だがそれを破壊しようとする者がいた。他にも警備があるのにその目を盗んで神殿に侵入し、衛士を十人殺害って…、犯人はまともではないよね…?それにしても水竜の紅玉ブルーオーブか…、それって炎竜の紅玉レッドオーブのブルードラゴン版だよね…。きっとエルト湖こと神秘の湖ヴィナスハートレアの地下にこの世界の水属性を管理する『水の大樹』があって…、そこにあるのが水竜の紅玉ブルーオーブで…、そんでもって何かの出来事で地上の神殿に一つが安置されていたと…』


 絶対霊体化インビジブルレイスで存在を隠蔽したままミリムの隣へと腰を下ろしているミナトは話をそんな感じにまとめていた。すると押し黙っていたモーリアンが口を開く。


「神殿はウッドヴィル家の管轄じゃ。此度のこと時間がかかるかもしれぬが、現当主である我が息子の名で犠牲になった者達の名誉を守り、丁重に弔うことを約束しよう」


 その言葉にラジョーナス司祭が深々と頭を下げた。


「過分なるご配慮を頂きかたじけなく思います…」


「うむ…。それでその破片は紛れもなく水竜の紅玉ブルーオーブなのじゃな?」


 ラジョーナス司祭の言葉にモーリアンが確認を入れる。


「はい。間違いございません。定期的に水竜の紅玉ブルーオーブを鑑定していた真贋の魔道具を使い、ブライク様と共に確認しました!此度の婚姻の儀は陛下の指示で、水竜様の加護の元に行うよう勅命が出されています。このままでは水竜の紅玉ブルーオーブの加護の元で行われる婚姻の儀は…」


「もちろん分かっておる」


 モーリアンは司祭に理解の態度を示すと執事のブライクへと視線を移す。


「ブライク!儂がこの話を聞くまでに行った対処は?」


「はい。いち早く情報の統制に動きました。神殿の者で事件を知っている者は全員神殿内に待機し騎士がついています。まだ街に事件の情報は流れていません。ライナルト様一行に密書を持った騎士が向かっております。密書は暗号化し、騎士には契約魔法を結びましたので外部に漏れる危険はありません。ラジョーナス様のご説明の通り水竜の紅玉ブルーオーブの件は真贋の鑑定を行いました。今は当家が抱えている職人に高額の報酬と契約魔法での口外無用を条件に複製品レプリカの作成に取り掛かっているところです」


 その公爵代理のような答えにミナトは少し驚く。どうやら執事の姿をしているがブライクという者はウッドヴィル家の家宰のような立場にあるのかもしれない。


「十分じゃブライク!お主はよくやった…。しかし複製品レプリカか…。それは最後の手段にしたいものだ…。此度の婚礼の儀は大々的に催すものではないが…」


 モーリアンが執事の労を労うが表情は冴えない。


「おじい様!何者かの策略であるのなら、婚礼の儀の場で水竜の紅玉ブルーオーブが偽物であるとの糾弾をされる恐れが…、そうした場合婚礼の儀そのものの成立が疑われてしまいます」


 考え込んでいた様子のミリムがそう指摘する。


「そのことよ…。相手は我等のことを知っている…。襲撃が失敗したことが伝わり新たに仕掛けたか…、もともと用意していた策か…、はたまた襲撃とは異なる者達か…」


 モーリアンがさらに難しい表情になった。


「おじい様!高位冒険者に依頼を!水竜の紅玉ブルーオーブはエルト湖地下に広がる水のダンジョンにあると伝わります。も、もしミナト様達がまだこの街におられるなら探し出して…」


 思わず声を大きくするミリムをモーリアンが制する。


「しかしミリムよ。水のダンジョンはかの火山エカルラートの地下に広がる火のダンジョンと同格と言われる最難関ダンジョンじゃ。いくらミナト殿達であっても…」


『あれ…?おれ達のことを調べていたとは思ったけど、火のダンジョンで炎竜の紅玉レッドオーブはゲットできたことは伝わってないのか?王都の商業ギルドで店舗のために採ってきたけどその辺は調べていないのか…、どこかで情報が抜け落ちたか…、でも状況は分かったからここから離脱しよう…。見つかって依頼を受けるようなことになると自由に動くことができなくなりそうだし…。こっそり持ってきますね…』


「申し上げます!」


 絶妙なタイミングで応接間の外から声がかかる。どうやら複製品レプリカ制作の進捗を報告に来たらしい。


『ご都合主義に感謝かな…、だけど結局のところブルードラゴンには会う必要がありそうだ…』


 そう心で呟きつつミナトはドアが開けられた瞬間に応接間を後にする。廊下を進むとお誂え向きに開いていた窓から屋敷外へと脱出したミナトはシャーロットとデボラを探しにアクアパレスの中心街へと赴くのであった。

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