第123話 水の都と不穏な影
冒険者ギルドの資料ではルガリア王国の二大公爵家の一つであるミルドガルム公爵ウッドヴィル家の領都アクアパレスはエルト湖と呼ばれる広大な湖沿いに造られた街であり水の都と呼ばれているとの記載があった。街の歴史は古く二代目ルガリア王国国王オルドス=ルガリアの第二皇子であったサイラス=ルガリアがミルドガルム地方の統治を任されウッドヴィル家を興したことに始まるとされている。
しかしシャーロットとデボラの話ではこの地にはもっと昔から街が存在していたのだという。その街の名前が古都ガーライ、街の象徴である湖の名は神秘の湖ヴィナスハートレアと呼ばれていたそうだ。
「水路で人や物を運んでいる…。ヴェネツィア…?異世界の風情から言えばヴェニスって表現した方があってるかな…?」
思わず呟いてしまうミナト。
「ミナト…?ヴェネツィア…?それとヴェニスってなに?」
「いや…、前の世界にヴェネツィアとかヴェニスって呼ばれる街があってね、この街と同じように運河というか水路が走っていて水の都って呼ばれてた…」
「ミナトの世界にもそんな街があったのね…。私はかなり久しぶりに来たけど昔に比べて水路は広がってとても素敵な街になっていると思うわ」
シャーロットがそんな感想を言ってくる。
「うむ…。かつてはこれほどの運河はなかったな…。人口も増えて昔よりも賑やかになっている…。見事な発展を遂げていると言えるのではないか?」
デボラもそれに同調した。
ウッドヴィル家の隊列ということで貴族用の門から街に入ったミナトたち。ウッドヴィル家が雇った冒険者ということでチェックは簡単に通過することができた。ここでA級冒険者のティーニュとミナトたちパーティ以外の冒険者達とはお別れとなる。現在、隊列はウッドヴィル家の屋敷を目指し移動中だ。ミナトたちは隊列の端っこで随伴しながら街並みを見物しているといった状態である。一行は恐らくこの街のメインとなる通りであろう大きな通りを進む。
「王都とはまた違った雰囲気だね…。賑わいがあるけどなんか…、こう…、古都っていうのかな…、品がある的な…?」
「これがルガリア王国の文化的中心地って感じなのかしらね?」
「ふむ…。王都に比べるとどことなく落ち着きが感じられるな…」
それが三人の感想であった。Barを…、いやこの場合は酒場と表現してもいいかもしれないが、酒類を提供することを生業としているミナトとしては王都のように様々な人種、亜人が暮らし、格調高い街並みと雑多な喧噪、そういったもの全てを内包しながら発展を続ける王都のような街が好みではあるが、古都といった趣が残るこの街もまた興味深いと感じる。こういった街は住むのではなく旅の行先として候補に挙がるくらいが自身には合っていると考えるミナトであった。
「ミナト!ミナト!あそこ!あのカフェってお洒落じゃない?」
「マスター!あの店!あの店のケーキは実に魅力的だぞ!?」
ミナトが王都を思い出してほんの少しだけ郷愁を感じていると、傍らの美女たちからはそんな声が上がってくる。どうやら彼女たちは街並み以上に魅力的なものを見つけたらしい。いつの世もお洒落なカフェと素敵なスイーツは若い女性の心を掴んで離さないようである。かなりの年月を生きてきたエルフとドラゴンの筈ではあるが…。
「ミナト…?」
「マスター?」
途端に雰囲気が変わる。
「いま何か失礼なことを考えていなかった?」
目を細めて聞いてくるシャーロットに全力で否定の態度を示すミナト。
「な、なにも考えてないです!ただ…、依頼終了のサインを貰ったらみんなでああいった店に行くのもいいかなって…」
必死に取り繕うミナト。だがシャーロットもデボラもミナトの言葉に花が咲いたかのような笑顔になる。
「ええ。行きましょう!王都のカフェもいい感じだったけど、この街は何かちょっと雰囲気が違うのよね…。少し上品に感じるのかしら…?」
「それは素晴らしい考えだ!楽しみにしているぞ!」
ミナトはまだ自分が生きていることを存在するかもわからないこの世界の神に感謝しつつ歩みを進める。
そして一行は大きな門を通って広大な土地を構えるウッドヴィル家の本邸に到着した。
「ヴィシスト様、ようこそおいで下さいました。大旦那様、ミリム様、よくお帰りなさいました」
そう言って出迎えたのは黒服を纏った執事。壮年の男であるがその纏った雰囲気は王都の屋敷で執事をしていたガラトナと同じものだ。
『この人も元暗殺者かな…』
シャーロットによると人、獣人、ドワーフ、エルフを含めて自らと似た種族を殺し続ける行為は魂を焼くと言われており、その焦げ付きは魔力に現れるという。ミナトはガラトナと同じ嫌な雰囲気を彼にも感じていた。
『それしてもこの人顔色悪くない?』
『そうね…。何かあったのかしら…、かなり動揺しているわよ?』
『かなり上手く取り繕ってはいるが、シャーロット様や我は欺けぬ…』
ミナトの心の呟きに二人が念話で返してきた。そうして様子を窺っていると馬車から降りたモーリアンに執事が耳元で何やら囁く。ミナトはちらりとシャーロットを見る。
『聞こえた?』
『ええ…。急ぎご報告したい事態がございます…、司祭様がお待ちです、ですって…』
どうしたものかと思っているとモーリアンがこちらへ歩いてくる。
「ミナト殿、シャーロット殿、デボラ殿。此度は依頼を受けてくれたこと、そして刺客を捕らえ、魔物から我が騎士達を助けてくれたことに感謝する。まことにかたじけなかった」
そう言って右手を胸に当てた。これは騎士が敬意を示すときの所作だという。その背後ではアラン=ヴィシストとミリムが黙って頭を下げていた。
「護衛依頼をこなしただけです。依頼表にサインを頂けますか?」
「うむ…」
ミナトが差し出した依頼表にサインをするモーリアン。刺客を捕らえ、無事に領都の屋敷に到着したのにどこかその表情は冴えない。
「ミナト殿…。本来であれば皆を歓待して迎えるところなのじゃが、どうやら婚姻の儀に関することで神殿の者が来ているようなのじゃ。儂はその者の相手をしなくてはならぬのでな…。本日はここまでとさせて頂く。また王都に戻ったら店に行かせてもらうとしよう」
「ええ。お待ちしています」
ミナトはそう返し屋敷へと入るモーリアンたちを見送る。
『絶対に何かあったよね…。聞いてこようかな…?でも無断で公爵家の屋敷に侵入って…』
『ミナト!心配なら行った方がいいわ!事情を知らないと私たちが動けない』
『シャーロット様の言う通りだ。我らは先程のカフェで寛いでいるからマスターは好きにするとよい』
笑顔でそう言われてミナトは行動を決める。
『ちょっと行ってくる…。みんなはカフェを楽しんで来て!
その瞬間、ミナトの姿が煙のように消えたのだった。
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