第121話 先代公爵と黒装束の男

「カーラよ。お主にはもう一つ聞いてもらいたいことがある」


 ウッドヴィル家先代公爵であるモーリアンが続けざまに騎士カーラに話しかける。その威厳と鋭い視線そのままだ。


「は…」


 騎士カーラ=ベオーザは神妙な様子で同意を示した。


「あの魔物達の群れから脱出した儂等じゃが、そんな儂等を待ち伏せしていた刺客たちがおったのじゃ」


 モーリアンの言葉に動揺するカーラ。


「そ、それはまことですか!?護衛の騎士は最小限であったはず…、モ、モーリアン様方はご無事で…」


 思わず口走るが護衛手対象である全員が無傷で関所に辿り着いていることを理解する。


「ミナト殿じゃよ…。どこからともなく現れてな…。どうやら馬車を追ってきたらしいのじゃ。どのように追ってきたのかまでは聞いてはおらん。冒険者という者たちは常に奥の手を隠し持っておるからの…。そうしてミナト殿が刺客達を捕らえて無力化させてところに我々が到着したのじゃ」


「そ、それは…」


 カーラが疑わしいトーンで声を上げる。


「言いたいことは分かる。本当に刺客なのか…、もしくはミナト殿の自作自演なのでは…、といったところか?」


「は、ははっ…」


 思わず頭を下げるカーラ。彼女の中ではまだミナト達パーティが危険であるという警戒心が拭えていなかった。


「お主の立場からそのように警戒感を持つのは分からぬでもない。だがな…、捕らえた者どもが刺客であることは儂の名において間違いのないところなのじゃ。このモーリアンがしっかりと見極めた…」


「ど、どういうことでしょう?モ、モーリアン様は捕らえたという者どもをご存じであったということでしょうか?」


 戸惑いの表情になるカーラ。


「おじい様?そのお話は伺ってはおりませんが…」


「モーリアン様…?」


 カーラだけではない。同席していたモーリアンの孫であるミリムともう一人の護衛対象であるイストーリア侯爵ヴィシスト家の次男であるアラン=ヴィシストも怪訝な表情を浮かべる。三人から困惑の視線を集めながらモーリアンはしばし俯いて押し黙った。


「………この話はミナト殿にはしていない………。皆、心して聞け…。…………儂は今この関所の牢に繋がれている刺客のリーダーと思しき男に覚えがあるのじゃ…」


 モーリアンの言葉に三人が息をのむ。


「おじい様…?どちらでその刺客とお会いになったのですか?」


 ミリムの問いモーリアンはゆっくりと口を開いた。


「儂は若い時…、四十年も前になるかな…。家督を継ぐまでの間のことだが儂は王城で騎士団に所属しておった…」


「その話は伺っております。現在、我が家が統括する麗水騎士団の前身となる騎士団であったと…」


 ミリムの言葉に頷くモーリアン。その表情は暗い。


「そんなある日…、王都に潜むとある組織を殲滅するということで儂のいた騎士団が派遣されることになった…。その組織のアジトを特定し、建物に押し入った時のことじゃよ…。儂らは予想外の苛烈な抵抗にあった…。多数の魔法使いが組織の構成員にいたのじゃ…。騎士団は多数の重症者をだして劣勢となり、儂も酷い手傷を負って死を覚悟した。その時じゃ…。突然、黒い装束に身を包んだ連中が多数乱入してきてな…、一瞬で組織の構成員を殲滅…、つまり皆殺しにしたのじゃ…」


 ミリムとアランが息をのんだ。


「後でわかったことなのじゃが、とある貴族がその組織のことを快く思わなかったため、その家の暗部を動かしたことが分かった…。証拠などどこにもないが…、我が家が公爵家だから把握できたにすぎぬ…。その黒い装束の連中が…」


 モーリアンがそこで言葉を切る。


「おじい様?その乱入した者達と今回の刺客に関係が…?」


 ミリムが問いかける。モーリアンの目には恐怖があった。


「あのときの黒装束を率いていた者の顔を儂は偶然見た…。あの惨殺の現場は今も忘れられん…。その男がな…、いま牢に繋がれている刺客のリーダーと思しき男なのじゃよ…」


 モーリアンの言葉にカーラ、ミリム、アランの顔に疑問符が浮かぶ。


「モーリアン様…?そ、それは牢の男がということでしょうか?」


 カーラが代表するかのように聞く。しかし、モーリアンは首を振った。


「違うのじゃ…、四十年前と同じ男が牢にいるのじゃよ…。儂は自分の目が信じられぬと思った…。だが何度思い返してもあの男は四十年前に儂の目の前で組織の者達を皆殺しにしていた男なのだ…」


「それが同一人物なのかは別にして、おじい様は四十年目にその黒い装束の男たちを使っていた家をご存じだから…、もしそうだった場合…、つまりその貴族家が関係している場合を懸念しているのですね?」


 何かを察したらしい公爵家の知恵者でもあるミリムの言葉にモーリアンは我が意を得たという表情で頷く。


「うむ…。絶対に忘れることはないが…。あれはスタンレー公爵タルボット家の暗部…、私兵の暗殺者じゃよ…。もし四十年にわたって主を変えていない場合は…」


「し、しかし…、現当主の…」


 アランがそう声を上げる。


「アラン殿の言う通り。現当主殿はこの政策やこの度の婚姻に明確に支持を表明しておられる。もしかするとタルボット家の内部に何かが起こっているのかもしれんな…」


 そんな話し合いは重苦しい空気に包まれながら午後遅くまで続くのであった。

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