第120話 貴族がF級冒険者に望むこと
騎士であるカーラ=ベオーザに問われ、ミリムとモーリアンは顔を見合わせる。そしてモーリアンがおもむろに口を開く、
「カーラには話していなかったかの…。ミナト殿は王都で酒場の店主をしている冒険者じゃ」
そう返答した。
「はい?」
変な声が漏れ騎士であるカーラは数秒あっけに取られて固まった。
「その通りです。ミナト様は王都でお酒を出すお店を経営する傍らで冒険者をされていますね」
ミリムもそれに追随する。
「け、兼業の冒険者なのですか?そんなバカな…」
カーラが動揺するのは仕方がないことだ。腕に覚えのある冒険者は基本的に専業である。彼らにとって冒険者は自由であり、好きな時に稼げるよい仕事なのだ。兼業の冒険者というと、本格的に活動する気がなく、薬草採取などの依頼で小金を稼ぐような者達のことを指す。
「儂は忍びで一度だけミナト殿の店に行ったことがある。見事な酒を飲ませてもらったのじゃ…」
「ご無事だったからよかったものの…」
「う…、す、すまん。あの時も謝ったではないか…」
「ま、許して差し上げます。カーラ?我が家の騎士達にもキールが流行っているじゃありません?あの作り方はミナト様から教えて頂いたものなのですよ?」
そんなことを二人が言ってくる。
「あのキールの作り方を提供したのがF級の冒険者…?」
二人の言葉にますます混乱してしまう。
その冒険者の店にモーリアンが行ったことがあるという事実も驚きだが、キールのレシピの提供者だということに驚いた。ウッドヴィル家の騎士であるカーラもまたクレーム・ド・カシスことブラックカラント酒を好む。数日前夕食事時に新しい食前酒として飲んだ時の感動を覚えている。他の騎士達も同様でキールはウッドヴィル家付きの騎士達の中で密かなブームになっていた。給仕に聞いたところなんでも白ワインが使われているとか…。
「キールのレシピの提供者で…、F級冒険者で…、酒場の店主…?で、ではあれ程の魔法を使うあの女たちは…?」
呆然としたままそう疑問を呈す。
「ああ。あのパーティを組んでいる二人の美女はミナト殿の酒場の従業員じゃよ。ちなみにあの二人の美女に言わせるとミナト殿はあの二人より強いとのことじゃ。儂もそう思う」
そう答えるモーリアンの傍らでミリムが頷いている。この辺りの情報はミナトの店を見張っていた騎士からも伝えられてはいたのだが、F級冒険者に興味がなく、同行する冒険者はA級冒険者のティーニュであると信じて疑わなかったカーラはそれらが記載された報告書を読んでいなかった。
「な、なぜそのような者達が王都で酒場などを…、なぜなのでしょうか?」
カーラの疑問はそこに集約される。この世界では魔法を使えることは希少な才能だ。魔法が使える者が新たに見つかった場合、神童発見などとして大きなニュースになることが多い。そうして国に連絡されて騎士団や研究施設に所属することが大半だ。だから魔法が使える者の大半はどこかの国に帰属して騎士団や研究所にいることが多い。そういうのを嫌って冒険者になっている者もいるがこれは少数だ。そしてそんな冒険者はA級冒険者以上になっている。しかしミナト達はF級冒険者でありさらに酒場を経営している。これはカーラの常識の範囲外であり理解できなかった。
「さて…、儂は知らぬ。詮索する気もない」
「ええ。私も同じ意見です。カーラもいらぬ詮索はしないようにお願いしますね」
二人はさらりとそんな言葉を返してきた。
「何故です!?あれほどの魔法を使える者は危険です!その二人を従えるあの男も同様に危険ではないのですか!?」
思わず声が大きくなる。シャーロットとデボラの魔法を目の当りにする…、そんなことを経験すると公爵家を護ることが生業である騎士はこのような反応をしてしまうものなのだろう。
「カーラ…、とくと考えよ!なぜミナト殿達は王都で酒場を経営していると思う?」
普段の優しいものではない元公爵らしい威厳を纏ってモーリアンが鋭い視線と共に問いかけた。
「は?」
思わずカーラは答えに詰まる。
「あれ程の強者が王都で酒場を経営している。簡単な監視を付けたが冒険者ギルド、商業ギルドとの関係も良好で別に裏の世界とつながっているわけではない。もちろん監視には気付かれたようじゃが…。客には異国の者やドワーフも多くその方面での知り合いもいる。そんな彼らは酒場を経営しその休みを使って冒険者家業を行っている…。金に困っているふうでもない。ようは王都の生活を楽しんでおるのじゃよ…」
「楽しんでいるのですか…?」
モーリアンの言葉にカーラはまたも呆然としてそう返すのがやっとである。ちなみにモーリアンが言う異国の者とはレッドドラゴンの里から遊びに来たレッドドラゴン達だ。
「あれ程の力を持つ者達が己の力を理不尽に振るうことなく楽しんで王都で生活しているのじゃ。このルガリア王国を担う貴族として願うことはこのままずっと王都で楽しく暮らしてもらうこと、これに尽きるのではないか…?」
「その通りです。ミナト様達が王都…、いえそれだけでなくルガリア王国に好意を持って頂けるということは、その力を我が国のために振るってくれることにつながるのですから」
だから余計なことはするな。そう言外に言われたような気がしたカーラはそれ以上ミナト達について言及することができなかった。
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