第117話 パーティ合流
ミナトは小さな要塞とも言えそうな関所の中で一室を与えられた。簡素な造りの部屋にはいくつかのカップ、水の入ったポット、お茶の葉やストレーナーが置かれた棚が一つ、それとテーブルとイス、さらにベッドが一つ設置されている。魔物との戦闘のために残った騎士のため補給部隊が馬車を引き連れて先ほど出立した。殆どが徒歩で移動している騎士達を馬車に乗せ、必要な治療を施しつつ戻ってくるとのことで午前中には到着予定と聞いた。
「さてと…、ここで二人を待つことになるのか…。ま…、これも貰うことができたし…」
ベッドに腰かけ独り言を呟くミナトの視線の先、テーブルの上には小瓶が一つ置かれている。この関所の騎士から貰ったもので、ウッドヴィル家に伝わる気付けの小瓶と呼ばれる気付け薬。士気の向上や恐慌状態からの回復に効果があるとされているのだが、その成分と味は完全にオレンジ・ビターズであった。このリキュールと出会えたのは本当に幸運だったと思うミナトである。
そんなことを思いつつベッドに寝てみるミナト。時刻は夜明け前といったところだが…。
『なんか寝るのは二人に悪い…』
戦闘を行って精神が高ぶっているからか睡魔は全然襲ってこない。それに未だこちらに向けて移動中のシャーロットとデボラを思うと寝るのは悪いと思ってしまう。そうしているとドアがノックされた。
「ミナト殿。貴殿のパーティメンバーが到着された。この関所を越える通常時に待機して頂く部屋にお通ししている。彼女たちが本人かの確認をミナト殿に願いたい」
どうやら騎士達を残して関所までやってきたらしい。思わず笑顔になってしまう。
「今行きます!」
嬉々としてベッドから飛び起きたミナトは騎士に案内され関所内を移動する。
「ミナト!」
「マスター!」
案内された先、シャーロットとデボラがとびっきりの笑顔で走り寄ってきた。二人の身元を保証し部屋をお願いするミナト。既にモーリアンからの指示でミナトに与えられた部屋の隣にある二人部屋を用意したと聞かされた。
「さすがは先代公爵。用意周到とはこのことかな…。それにしても二人とも先に来て問題なかったの?」
とりあえずミナトの部屋に三人で集まり話をする。椅子は隣の部屋から持ってきた。
「私たちへの依頼内容はモーリアンさんたち三人のみの護衛でしょ?三人が関所にいるのだから私たちもできるだけ早くそこに行って護衛をするべきだって理屈を使ったの」
「あのティーニュという冒険者は公爵家から三人だけでなく隊列全ての護衛を任務として受けていたらしい。だから騎士達から離れられないようであったな…」
「ってことはやっぱり公爵家の中にはおれ達が頼りないって思っている連中がいたのかな…、その辺は置いておいて…」
関所の夜は少し涼しい。ミナトはとりあえず二人にお茶を淹れることにした。ストレーナーもあったので煮出す方法にしようと考える。お湯が欲しければ言ってほしいと言われたがミナトには必要ない。手に持っている水の入ったポットの周りを黒い炎が取り囲んだ。ミナトが使える【闇魔法】の一つ、
【闇魔法】
全てを燃やし尽くす地獄の業火を呼び出します。着火と消火は発動者のみ可。火力の調節は自由自在。ホットカクテル作りやバゲットの温め直しなど多岐にわたって利用できます。素敵なアイリッシュコーヒーがお客様を待っている!?
「まったく…、もう冗談に思えるほどの魔力操作よね…」
「奇跡を見せられていると言われても信じてしまうほどだな…」
しみじみと…、そしてジト目になった二人が呆れたようにそんなことを言ってくる。二人の視線と言葉はスルーしてストレーナーを使ってカップにお茶を注いだ。
「とりあえずお疲れ様!」
「頂くわ!」
「かたじけない…」
美味しそうに飲んでいる二人。どうやら上手く淹れることができたようでホッとするミナト。
「ミナト!その小瓶は何?」
お茶を飲んで一息ついたシャーロットがテーブルに置かれた小瓶に気付いて聞いてくる。そんなシャーロットにミナトは満面の笑顔で、
「よくぞ聞いてくれました!これはウッドヴィル家に伝わる気付けの小瓶と呼ばれる気付け薬だけど、おれにとってこれはオレンジ・ビターズなのです!度数の高い酒にオレンジの成分とか香辛料の風味を付けたものでカクテルに使える!」
とても嬉しそうに解説した。
「え?お酒ってこと?」
「そうなのかマスター?」
疑問を呈する二人に頷いてみせる。
「ああ!これでカクテルのバリエーションが増える。シャーロット!ジンはあるかな?」
「ええ。マジックバッグに入っているわ。もちろんグラスもいくつか持ってきているわよ」
「ジンと小さいグラス…、この前アルカンさんに作ってもらったリキュールグラスはあるかな?」
「ちょうどあったわ。はい、これでいい?このグラスにカクテルを作るの?」
シャーロットがマジックバッグからジンのボトルと小さめのリキュールグラス三つを取り出してくれた。小さめのリキュールグラスはアブサンの水割り用に作ってもらったが、今回のカクテルにもうってつけなのだ。
「そうなるね。このカクテルは最も古いカクテルともいわれているかな…。出発は明後日の昼過ぎって言っていたから、今日はこのカクテルを飲んで休むことにしよう!」
「「賛成!!」」
ミナトは嬉々としてカクテルを作り始める。関所の周囲はまだ暗い。夜明けにはもう少しの時が必要であった。
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