第113話 シャーロットの魔法

 シャーロットは森の中を標的へと向かって高速で移動していた。時刻は深夜、王都の東にある大森林と地続きであるこの森の樹々は背丈も高くかなりの密度で生い茂っており月明かりは僅かにしか差し込まない。そんな暗闇の中をシャーロットは迷うことなく走り続ける。魔物は次々と襲ってくるが、風の魔法で切り刻みながら進むシャーロットの足を止めることはできない。


 エルフ…、といっても自身が少々特殊なエルフであることは分かっているシャーロットであるがそんなエルフである彼女にとって森という空間はどんな森でも自宅の庭のようなものである。土地というか森が持つ特有の魔力を把握することが容易なためどこに何があるのかが手に取るように分かった。当然の如く目指すべき標的の位置も簡単に把握できる。


 魔物達を召喚している魔法陣は三つ。この先に開けた場所があるようだ。そこに一箇所にまとめて設置されている。その近くに人か亜人かが三人いることも把握した。隠蔽の魔法を纏ったままシャーロットはその開けた場所へ高速移動の速度のままに飛び込む。視界に魔法陣に向かって何かのメダルを掲げている三人を捉えた。魔法陣からは絶えず魔物が召喚されている。シャーロットは躊躇なく魔法を発動した。


爆裂火炎弾ブラスト・ボム!!」


 詠唱に連動して直径三メートルはあろうかという青白く輝く三つの火球が出現した。その場にいた三人が熱量を感じて振り返り驚愕の表情を浮かべる。シャーロットの隠蔽は解けていない。三つの火球は凄まじい勢いで魔法陣へと飛ぶ。魔法陣への着弾と同時に周囲にいた三人を巻き込んで大爆発が起こった。


 シャーロットは青白く燃え上がる先ほどまで魔法陣があった場所に厳しい視線を送り続ける。先ほどまで感じていた魔法陣の魔力が絶えていることから魔法陣は確実に破壊した…、それは間違いない。だが…、


「いや~、すごい魔法ですね~。んん~、どうやらまたも不測の事態というやつが発生したようです~」


 ふざけた調子で陽気な声が聞こえてきた…。シャーロットは視線を外さない。彼女の視線の先には二人の人族であったであろう物質を盾にして燃え上る爆炎から現れる一人の男。真っ黒い生地に金色の稲妻のような模様が入ったスーツを纏っている。そしてその首には銀色のメダルが掛けられていた。


 シャーロットはその男がミナトの言っていた気味の悪い男であると直感する。そして自身の嫌な予感が確信へと変わることを感じていた。男が首からかけているメダルは簡単に忘れられるものではない。シャーロットは隠蔽を解く。


「おやおや~?これはこれは美しいエルフのお嬢さんですね~。その美しさ…、そしてエルフ…。あなたが~、ミリム=ウッドヴィルを助けたという冒険者の一人ということでしょうか~?」


 こんな男に答える言葉を持つようなシャーロットではないが言っておきたいことがあった。


「歴史の骨董品…、だと骨董品に悪いわね…。えっと…、ゴミ…、屑…、塵かしら…、そうね!塵よ…。歴史の塵と消えた東方魔聖教会連合の残党がこの時代に何の用かしら?」


 その意味を知っている者であれば全力で許しを請うであろう凄絶な笑みを浮かべてシャーロットが問いかける。男は気味の悪い笑みを湛えたままだが額に青筋が浮かぶのをシャーロットは見逃さない。ミナトの話では魔王の話を持ち出した瞬間に激高したらしいが…、先ほどのシャーロットの魔法を見て警戒しているのかもしれない。


「おや~?我々のことを知ってらっしゃる~?」


「ふん…。そのセンスのないメダルを首から下げていれば一目瞭然…」


「エルフごときが!!」


 シャーロットの挑発が効いたのか彼女の言葉を遮り男が火球を放つ。直径は一メートルほど、かなりの勢いと速度だ。一般人では避けることもできずに即死の可能性がある攻撃だが、闇魔法以外のレベルが全て八であるシャーロットには効果のある筈もない。


「ふっ…」


 眼前に迫った火球が掻き消えた。魔力を込めた吐息で霧散させたのである。風魔法を応用した超高等技術だ。初めて男が露骨に顔を歪める。


「貴様…、何者だ!!」


 余裕を失った男の周囲に次々と火球が浮かび上がる。先ほどより小さいがかなりの数だ。


「話すことは何もないわ!消えなさい。その体が魔法による作り物デコイであることは分かっているけど私の攻撃をどこまで防げるか…。とても楽しみね…」


 視線の先に広がる夥しい数の火球を気にすることなくシャーロットは右のてのひらを男へとむけた。その瞬間、草木が、森の樹々が…、世界がシャーロットのてのひらを中心として渦状に歪む。シャーロットから溢れ出す膨大過ぎる魔力の奔流が世界の構成すらも歪めていた。


「私は許さない…。あの人ミナトのように甘くはないわよ…」


 凄絶な笑みとその気迫のこもった言葉に男の表情が恐怖に染まる。すると突然背を向け走り出した。逃亡を企てたのだ。そんなことはお構いなしにシャーロットは魔法を唱える。


厄災による裁きの炎Meltdown!」


 走り去ろうとした男の周囲十メートルが音もなく赤く輝く…。だが赤い閃光はすぐに収まった…。すると…、その場にあった草や木…、そしてそこにいた筈の男…、それらは…、最早どこにも存在してはいなかった。



「ぎいぃぃぃぃぃぃぃやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 ルガリア王国の王都、その貴族街に絶叫が響いたのはシャーロットが恐ろしいまでの超級魔法を放ったのとちょうど同じ時刻…。複数の貴族家から通報を受け騎士達が探索したが声の主どころか、そんなことがあったかどうかでさえようとして知れなかった。

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