第109話 夜襲

 パチパチパチ…。焚火の炎は心を和ませるというのは本当らしい。見上げると夏の夜空は満天の星空である。夏真っ盛りであるのだが東京のそれとは違い夜風が心地よかった。


『ん~、襲ってきたところを一網打尽にって思ったのに…。こんなに何もしてこないとは…』

『ま、何もなければそれでよいのだが、さっさと決着をつけたくなってしまいたくなるのは理解できるぞ』


 ミナトが念話でボヤきそれを聞いたデボラが返してきた。あれから一週間が経過し、現在七日目の夜である。街道の傍ら、野営用なのか三方を森の木々に囲まれながら開けた場所がありここを本日の野営場所にするとの指示があった。ここに至るまで野営に加えて二つの街で夜を過ごしたりもしたのだが初日に気配を感じさせた一団は一定の距離を保ったまま近づいてすら来なかったのである。またこの距離が結構遠くミナトたちは気付けても騎士達やA級冒険者のティーニュが気付くことは不可能であった。


『いっそのことこっちから飛び込んで行って全員を悪夢の監獄ナイトメアジェイルで縛り上げようかとも思ったけど…』

『その方法では捕らえた連中がしらを切った時、カーラ=ベオーザの信頼を得られていない我々では騎士達を納得させられないとマスターが言ったのではないか?』

『ほんと…、それなんだよね…』


 一方にアラン=ヴィシスト、もう一方にモーリアンとミリムがいる二つの野営テントの周囲は騎士たちが交代で夜通しの護衛を行っている。この隊列を統括するのはウッドヴィル家付きの騎士であり公爵からの信頼も厚いカーラ=ベオーザ。彼女の指示でA級冒険者のティーニュも護衛のローテーションに組み入れられているのだが、ミナトたちは戦力外と考えられたのかその中に組み入れられることはなかった。


『F級冒険者の信頼ってこんなものだとは思っていたけど…』

『マスター!ついてきている一団は全員が魔法の行使が可能だ。もし敵であれば騎士やティーニュという冒険者では手に余る。必ず我らの力が必要となると思うぞ。ここは待ちの一手が最善だな』

『鳴くまで待つタイプの戦略に近いのかな…?』

『マスター?なんなのだ?その鳴くまで待つとは…?』

『前の世界に三タイプの武将…、えっと…、領主に近いのかな…、それが天下っていうか…、えっと、国の覇権を…』


 念話でデボラに前の世界の知識を説明しつつ、遠くにいる魔力を持った一団への注意は逸らしてはいない。そんなミナトの傍らではシャーロットが彼の腕をガシッとホールドした状態ですーすーと寝息を立てている。ちなみにその寝顔の美しさは尋常ではない魅力に溢れていて、とても落ち着いてはいられないミナトであるがとりあえずはそのままにしておくことにする。


 どこかから、

「けっ…」

「リア充が…」

「いいご身分だな…」

「おれにもあんな彼女がいたら…」

「モゲロ!!」

 などといったこの世界にはないはずの言葉も含められた負の感情が飛んできている気もするがこちらは【保有スキル】泰然自若が効いているのか何も気にならなかった。


 そして護衛のローテーションから外されたミナトたちであるが、彼らも護衛依頼を受けた冒険者であることから、交代で護衛を行うことにした。


 もちろんミナトとシャーロットは睡眠を必要とするがドラゴンであるデボラはその気になれば百年単位で睡眠をとらなくても問題がないらしい。『人の姿になってベッドで寝るという行為はとても居心地が良いからな!』との理由から王都で暮らしているときは人族と同じサイクルで睡眠をとっているが気分次第でどうにでもなるということだったので野営に関してはデボラに起きてもらってミナトとシャーロットが交代で休ませてもらう形をとっていた。


 そのためデボラを酷使していると一部の騎士から蔑むような視線を送られているがそれもミナトは気にしていなかった。


『さてと…、そろそろシャーロットと交代かな…』


 ゆさゆさとシャーロットを揺すってみる。


「シャーロット!起きて…」

「むにゃ…。ミナト…、へへ…、ジンライムをもう一杯…、にゃは…」


 とても可愛い…。


「えっと…、この旅が終わったらいっぱい作るから今は起きてくれるかな~」


 もう少し強く揺すってみたり、つんつんと頬をつついてみるがどうやら今日の眠りは深いらしい。どう考えてもいちゃついているようにしか見えないその状況に独身騎士…、いや既婚者も含めた騎士たちからのヘイトが集まる。


「えっと…」


 とミナトが言いかけたとき、


「デボラ!!」

「うむ!」


 異常事態を察したミナトの声に反応しデボラが立ち上がる。次の瞬間、


「ミナト!?」


 シャーロットが目を開いた。彼女も異常を感じたらしい。


「警戒しろ!!魔物の群れが来る!!囲まれるぞ!!」


 ミナトが大声を張り上げた。そしてシャーロット、デボラと共にモーリアン、ミリムのいる野営テントを護るように位置を変える。


 突然大声を上げたそんなミナトの行動をカーラ=ベオーザは鼻で笑う。


「ふん…、何を言い出すかと思えば…。我らが野営に使用している魔物除けは強力だ。この辺りに強力な魔物が出たという記録もない。F級冒険者風情が何を根拠に…」


 しかしその余裕と嫌味を含んだ言葉はA級冒険者によって遮られる。


「カーラ様!!警戒を!!何かが来ますわ!!」


 野営のテントを護るように森の木々を前にしたティーニュが鋭い視線を森へと送りつつメイスを構える。その視線の先に一体のゴブリンが音もなく姿を現した。


「な、なんだ…、ゴブリンではないか…、ティーニュ殿も人が悪い…」


 カーラ=ベオーザが安堵の言葉呟く…。


 その瞬間、凄まじい大爆音と共に森の木々がなぎ倒され、大量の魔物が群れをなしてその姿を現した。

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