第102話 ミナトは騎士と模擬戦をする

 木製のショートソードを持ったミナトの前に同じく木製の長剣を携えた騎士が立つ。騎士の表情には不機嫌な感情がありありと滲み出ていた。


「私は信じない…。F級冒険者風情がジャイアントディアー複数を斃すなど…」


 周囲に聞こえない音量でぶつぶつと騎士が呟きながら長剣を構える。しかしその呟きはミナトの耳には届いていた。冒険者ギルドに伝わっている話としては…、ミリムはジャイアントディアーに襲われ命からがら逃げだしたが道に迷ってしまいそこをミナト達パーティに助けられたということになっている筈である。


 恐らくこの騎士はウッドヴィル家の者として真実…、…つまり巨大なジャイアントディアー五体をミナト達が圧倒したこと…、を聞いてそれが信じられないのだろう。本来、騎士が護るべき対象のミリムを冒険者…、それもF級冒険者に助けられたことが不服なのかもしれない。


「ミリムさんが嘘の報告をする必要はない筈なのだけれど…」


 こちらからは聞こえるように言ってやるミナト。それを聞いてあからさまに顔を歪ませる騎士。よい挑発になったと思っているミナトはいきり立つ騎士とは対照的にとても冷静だ。【保有スキル】泰然自若が今日もいい仕事をしているようだ。


【保有スキル】泰然自若:

 落ち着いて、どの様な事にも動じないさまを体現できるスキル。どのようなお客様が来店してもいつも通りの接客態度でおもてなしすることを可能にする。


 そしてゆったりとショートソードを構えた。


 本来であればミナトは武器を必要としない。近・中距離において攻防一体の形で使用できる【闇魔法】悪夢の監獄ナイトメアジェイルを闇魔法 Lv. MAXで使用できるのは並ではない。どんな剣聖が相手でも一歩目を踏み出す前に瞬殺である。


 ショートソードは狭い室内や洞窟でも使うことが可能であり比較的扱いやすい。この世界で【闇魔法】Lv. MAXという破格の能力を隠して生きるための護身術としてシャーロットからエルフに伝わるという短剣術のいくつかの型を習っていた。


 しかしながらシャーロットに型を習ったとしてもミナトは剣術に関してはまだ素人に毛が生えた程度。当然のごとく闇魔法は使用することになる。


 そうこうしているうちに審判役が二人の間に立った。


堕ちる者デッドリードライブ…」


 ミナトが僅かに口を動かした。その詠唱に気付いたのはシャーロットとデボラのみ。ただしティーニュと呼ばれた女性冒険者は僅かに目深に被ったフードから顔を上げる。


「始め!」


 その声が耳に届いた瞬間、騎士が仕掛ける。騎士から見たミナトの構えはつたないの一言に尽きた。いくら取り回しのしやすいショートソードを使ってもそんな構えではこの一撃を受け流すことはおろか防ぐこともできまい。そう考えたのであろう騎士が長剣を振りかぶりミナトの右肩口を目掛けて切りかかる。ミナトは冷静に斬撃を防ぐためショートソードを長剣へと当てた。


 カァアアアン!!


 甲高い音が練武場に響き渡る。それと同時に周囲の者たちの目に飛び込んできたには木製のショートソードを騎士の首へと突きつけているミナトの姿であった。


「「「「おおお~!」」」」


 歓声が響き渡る。


『ミナト!上手いじゃない!見事な堕ちる者デッドリードライブの操作よ!』

『さすがマスター!これほどまでにピンポイントでデバフの魔法を行使しているのを見たのは我も初めてだ!』


 念話でシャーロットとデボラの声が届いてくる。


『ありがとう。でもなかなかに神経を使ったよ…』


 素敵な笑顔になっている二人の美形に念話でそう返すミナト。ミナトは究極のデバフ魔法である堕ちる者デッドリードライブを騎士が長剣を握るその握力のみに行使した。


【闇魔法】堕ちる者デッドリードライブ

 至高のデバフ魔法。対象の能力を一時的に低下させます。低下の度合いは発動者任意。追加効果として【リラックス極大】【アルコール志向】付き。お客様に究極のリラックス空間を提供できます。


 その結果、ミナトのショートソードが騎士の長剣を打ち払ったように見せたのである。タイミングが絶妙だったから運よく弾き飛ばすことが出来たとでも言い訳するつもりだ。


「しょ、勝負あり!」


 呆然としていた審判役の騎士がミナトの勝ちを宣言する。長剣を飛ばされた騎士はわなわなと震えている。現実を受け入れることが出来ないのかもしれない。


「ほう…、ティーニュ殿以外で騎士に勝利する者などいないと思ったがあのタイミングで長剣を弾き飛ばすとは…。ミリム様のお話が…、どうやらただのF級冒険者ではないらしい…」


 ティーニュの隣、やや距離を置いて模擬戦を見ていたカーラ=ベオーザが呟くその傍らで、


「…あれは魔法ですね…」


 女神ティーニュがそう言った。その声を耳にしたカーラが驚いた表情を浮かべる。


「ティーニュ殿!?それは真か?F級冒険者が魔法を扱うというのか?」


「詳細は分かりません。ですが…、本当に極少量なのですが間違いなく魔力の動きを感じました。ミナトという冒険者が何らかの魔法を使ったことは間違いないと思いますわ…」


 その回答にカーラは盛大にその顔をしかめるのであった。

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