第101話 振るわれるメイス

 修道女のような衣服をまとった女性が騎士を相手にメイスを構える。彼女の前に壮年の騎士が立つ。控えていた五人の騎士の中でも最も大柄な騎士で木製の大剣を携えていた。


「お嬢ちゃん!俺達は手加減をするなとの命令を受けている!だからお嬢ちゃんも全力を出さないと怪我するぞ!」


 大剣を構えつつ騎士がそう声をかける。相対する女性は小さく頷くと、


「では遠慮なく…、女神よ…、わたくしにその代行者として力の加護を…」


 ごく小さな呟きがミナトの耳に届く…。それと同時に彼女が身体強化の魔法を展開した。爆発的な加速で瞬時に騎士の懐へと間合いを詰める。既に低い姿勢で構えに入った彼女は間髪入れずに渾身の力でメイスを振るう。狙いは騎士の右の脇腹…。


『メイスによる肝臓打ちレバーブロー…』


 そんなことを心で呟くミナト。騎士も精鋭と呼ばれるだけあり彼女の攻撃に反応し咄嗟に大剣で防御の姿勢をとった。恐らく直撃は避けることが出来るだろうがあの角度ではダメージを受けることは避けられない。武器大剣が破壊される可能性もある。そしてメイスが大剣に当たる瞬間、


水飛沫スプラッシュ!!」


 魔法が唱えられメイスから爆発的に水が弾け飛ぶ。大剣が粉々に砕け、騎士は真横に飛ばされ壁に激突した。死んではいないようだが大剣を握っていた両腕は辛うじて原形を留めているのがやっとといった状態だった。侯爵家の回復魔法使いが慌てて走り寄る。


「ま、魔法だ…」

「初めて見たぞ…」

「あんな威力があるのか…」

「あいつ何者だ…?」

「ソロの冒険者とは聞いていたが…」


 冒険者達も騎士達もそんなことを呟くのがやっとの状態だ。


『やはり強かったわね。水魔法レベル三といったところかしら…。人族としては最高点に近い魔法の使い手かもしれないわ…』

『やはりこうなったか…』


 シャーロットとデボラには納得の結果であったようだ。


『シャーロット!彼女の身体強化も強かったけど、水飛沫スプラッシュってどんな魔法?』


 ミナトは彼女の使った魔法が気になった。


『水属性なんだけど爆発の魔法って言った方がいい魔法ね。水塊を破裂させて対象を弾き飛ばす効果があるのだけど爆発と同じ形で相手にダメージを与えるわ。水だから延焼の心配がないので森でも安心して使える便利な攻撃魔法よ。レベル三でもあんな風に木剣ごと腕までを破壊してしまう威力があるわ』


『ちなみにシャーロットが本気で撃ったら…?』


『原形を留めるどころか周囲一帯が大爆発ね』


『そ、それは凄い…。でも威力を抑えてあんな感じで格闘に織り交ぜると便利そうだね』


『私たちには必要ないけど彼女は自分の実力をよく理解して最適な戦い方を身に着けていると思うわね…』


 そんな話をしていると、ウッドヴィル家付きの騎士であるカーラ=ベオーザがその女性の近くに立つ。


「ティーニュ殿!あなたがそこまですることはなかったのですぞ?」


 どうやら二人は知り合いらしい。咎めるような声だが、騎士が冒険者にかける言葉としてはかなりの遠慮が見て取れる。


「おい!聞いたか!?」

「あいつが…」

「ティーニュ?本物なのか!?」

「見ただろうが?あの強さは確かに…」

「王都にいたのか…」


 模擬戦を見ていた冒険者達が途端に騒ぎ始める。どうやら冒険者達は彼女の名前を知っているらしい。


「あの御方がわたくしに本気を出せと仰いましたので…」


 そう言いつつメイスを下ろす女性。カーラ=ベオーザは仕方がないといった様子で頭をかいている。


「誰だろ?シャーロット?デボラ?」

「私は知らないわね」

「我も知らないぞ?」


 のんびりとした調子でそんな会話を交わしてしまう。途端に冒険者達の驚愕の視線がミナトたちへと集中した。彼女の名前を知らないことに驚かれたらしい。一人の冒険者がすすすっと寄ってきて耳打ちしてくれる。


「兄ちゃん…。あれは超有名な冒険者だ…。階級はA…。A級冒険者ティーニュ。女神ティーニュの通り名で知られているぜ…。多分、過去にウッドヴィル公爵家から依頼を受けたことがあって呼ばれたんだろうな…」


 なるほどと納得するミナト。水魔法レベル三だとA級冒険者までになれるらしい。シャーロットもデボラも同じようなことを考えているのが念話から伝わってくる。すると、


「次!F級冒険者ミナトだったか…?お前の番だ!」


 唐突に名前を呼ばれた。呼ばれた方を振り向くとあの斥候役をしていた騎士が木製の長剣を持ってこちらを睨んでいる。


「あれ…?もう一組いたんじゃ…?」


 そう言って辺りを見渡す。


「あいつらは先の戦いを見て辞退した。お前が最後だ!さっさと始めるぞ!」


 敵意むき出しでそう言ってくる。はてさてどれ位の塩梅で戦い、その実力を見せるのがいいのか…。そんなことを考えてしまうミナトであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る