第97話 ウッドヴィル家からの書状

 休日であったミナトのBarを訪問した二人の男。


 片方はここ数日この店を見張っていた斥候らしき者である。もう一人は公爵家の執事をしていたガラトナという男性だ。


「突然のご訪問をお許しください。本日、Barは休日と伺っておりました。ですが皆様がこちらにいることを確認したので伺わせて頂きました」


 そう言って深く一礼する。


「申し遅れました。私、ウッドヴィル公爵家で執事のまねごとをさせて頂いております、ガラトナ=サーリーを申します。先日は執事としてご案内させて頂きましたので名乗ることが憚られましたが、この度、モーリアン=ウッドヴィルの使者として罷り越しましたので名乗らせて頂きます」


 ミナトはほんの少し安堵する。どうやらウッドヴィル家はなんらかの依頼をミナト達に出すことにしたらしい。これで新たな展開となりそうだ。ミナトは二人をテーブル席へと案内しとりあえずお茶を出した。お茶はマルシェのとある店で購入したもので、淹れてみたところどうみても紅茶であった。発酵茶である紅茶があるということは不発酵茶の緑茶や半発酵茶の烏龍茶もあると思われ、いつか入手したいとミナトは思っている。


 そうして四人掛けのテーブルの片方にはウッドヴィル公爵家の執事であるガラトナ=サーリーと斥候の男性、その対面にミナトとシャーロットが座ることとなった。デボラの姿は店内にはない。口頭では奥での待機をお願いしたミナトであるが、念話では『念のため店の周囲を警戒して』と頼んである。ミナトの【闇魔法】絶対霊体化インビジブルレイスやシャーロットの使う隠蔽魔法ほどではないがデボラの隠蔽魔法も強力でこの世界における一般的な存在といえる者たちには決して見透けない代物だ。


「さてと…」


 ミナトが話の口火を切る。


「このような休日の遅い時間帯に見えられるとは…、どのようなご用件かお伺いしても…?」


 お店に来るお客に接するかのような態度で話しかけるミナト。公爵家などシャーロットやデボラにとっては髪の毛ほども気にかけない存在なのでミナトもそこまで気は配らない。一応、冒険者として最低限の礼儀は取るつもりではあった。


 ミナトの言葉に斥候をしていた男の表情がほんの少しだけ歪んだことをバーテンダーであるミナトは見逃さない。


『ミナト…、こっちのやつはあなたの態度が気に入らないらしいわよ』


 流石はシャーロット、彼女も男の反応を知らせてくる。


『シャーロット、これは多分だけどこの前話したテンプレってやつだよ…。公爵家だと冒険者…、特にF級なんてゴミだと思うやつもいるって話…』


『ナルホド~。ミナトはこのことを言っていたのね。あなたのいた世界って本当に想像力が豊かだったのね!』


『ま、いろいろな物語が創作されていたことは否定しないよ…』


 ミナトとシャーロットが念話で話す間に執事のガラトナが懐から一通の書状を取り出す。


「モーリアンからの書状でございます。内容は我らには知らされておりません」


「この場で開いても?」


 ミナトの問いに、


「勿論でございます」


 そうガラトナが答えたので、ミナトは遠慮なく書状を受け取り何食わぬ表情で封蝋を切る。この一帯ではシャーロットとデボラだけが気付いたが、指の先にほんの僅かな【闇魔法】冥獄炎呪ヘルファイアを灯しその極小の熱で封蝋を鮮やかに切ったことは秘密である。


【闇魔法】冥獄炎呪ヘルファイア

 全てを燃やし尽くす地獄の業火を呼び出します。着火と消火は発動者のみ可。火力の調節は自由自在。ホットカクテル作りやバゲットの温め直しなど多岐にわたって利用できます。素敵なアイリッシュコーヒーがお客様を待っている!?


 先代公爵からの書状を敬いもせずに受け取るその様子を目の当りにした斥候役の額に青筋が現れたような気もするがそんなことを気にするミナトではない。【保有スキル】泰然自若は今日も絶好調である。


【保有スキル】泰然自若:

 落ち着いて、どの様な事にも動じないさまを体現できるスキル。どのようなお客様が来店してもいつも通りの接客態度でおもてなしすることを可能にする。


 開いた書状に目を落とすミナト。店内に沈黙が下りる。ミナトは周囲のことを気にすることなくじっくりとその書状に目を通した。数分後、ようやくミナトは顔を上げた。


「ミナト?」


 シャーロットが念話ではなく話しかけてくる。


「シャーロット、ウッドヴィル公爵家から冒険者ギルドを通して依頼があるらしい。護衛任務で領都アクアパレスに行くことになりそうだ…」


 シャーロットにそう返しつつ、新たな展開が幕を上げたことを感じるミナトであった。

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