第96話 クラシック・ソルティ・ドッグと訪問者

 クラシック・ソルティ・ドッグを作ることにしたミナトはショートグラスを冷凍庫で冷やし、シェイカーを用意する。ジガーとも呼ばれるメジャーカップを使ってジン、グレープフルーツ果汁を注ぎ、一つまみの塩をそこへ加えた。シャーロットが作ってくれている氷をアイスピックでシェイク用の氷に砕くとシェイカーへと入れしっかりとキャップを閉めシェイクする。


「いつ見ても全く迷いがないスムーズな動きなのよね…」

「これがスキルではないというのが驚きなのだが…」


 シャーロットとデボラがミナトの流れるような所作に感嘆の呟きを漏らした。そんな呟きを耳にしつつ集中してシェイクしていたミナトは十分にカクテルが冷えたことを確認し、それをよく冷えたショートグラスに静かに注ぐ。


「どうぞ…、クラシック・ソルティ・ドッグです。さっきのソルティ・ドッグと味の違いを楽しんでください」


 そう言って二つのグラスをシャーロットとデボラの前へと差し出した。


「頂くわ」

「頂戴する」


 興味深そうに期待を込めてグラスを手にする二人の所作もそれだけで美しく絵になる姿である。ミナトも二人の評価が気になった。


「グレープフルーツと塩って相性がいいのね。そしてジンの風味がとてもよく合う!これが甲乙つけ難いというやつね!」

「カクテルに塩とは驚いたがこのような味わいになるのだな…。先ほどのカクテルも美味かったがこちらも美味い!どちらも我の好物だ!」


 二人からの評価がよくて嬉しいミナト。そして『甲乙つけ難いってこの世界にもあるんだな…』とか『やっぱりレッドドラゴンはフルーツが好きなのかも…』などと思う。


「ミナト!このカクテルはどうして二つの飲み方があるの?クラシックってことは古いってこと?」


 シャーロットがそんなことを聞いてくる。


「所説あるとは思うのだけど…、このカクテルはイギリスって国で生まれたとされている。イギリスの船乗りが飲んでいた酒がきっかけだって話が伝わっているよ。当時、イギリスの船乗りはソルティ・ドッグと呼ばれていたんだ。彼らは乗船時にジンに柑橘の果汁を加えて飲んでいて、そこに波飛沫なみしぶきが入り込んで塩味がついたとか…。その塩味がついた酒を船乗りの呼び名であるソルティ・ドッグと呼ぶようになった…、ってね。ま、どこまで本当かは分からない話だけどね。そしてその酒がアメリカって国に伝わると、ベースがウォッカとなって、作り方もスノースタイルと変わってね…。そのスタイルが世界に広がったということらしい」


「面白いエピソードね」

「ふむ…。国が変わって飲み方が変わるとは興味深い…」


 二人の美形が感心してくれている。


「どこまで本当なのかは分からないよ。ただこういったロマンのある話があると楽しいよね?」


 ミナトの言葉に二人は頷いた。


「ミナト!美味しかったわ!もう一杯…、さっきのスノースタイルの方をもう一杯頂けるかしら?」

「マスター!我はこのクラシックな方をもう一杯頂きたい!」


 どうやら二人ともかなり気に入ってくれたらしい。ミナトは笑顔で了承しカクテル政策に取り掛かると共に商業ギルドで入手してきた情報について二人に話した。


「そんな政策が貴族の婚姻と併せて進められていたのね…」

「マスターはそのことがウッドヴィル家の人々への襲撃のきっかけになったと考えたのだな?」


 ミナトは頷き、


「まだおれの勝手な憶測だけどね…」


 そう言ってまだ確信がないことを告げるが、その時、


 カラン、カラン…。


 ドアのベルが鳴り、休日のBarへ二人の男が入ってきたのであった。

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