第94話 帰宅先で待つもの

 王都の街並みに夕日が差し込む。昼前に商業ギルドに到着していた筈だが、獣人の担当者さんが提示してくれた様々な資料に目を通していたらこんな時間になってしまった。


『なかなかに得るものがあったと思いたい…』


 そんなことを思いながらミナトは帰宅の途についている。程なくして自店に到着しドアを開けると、


「ミナト!お帰りなさい」


 そうとびっきりの笑顔で迎えてくれたのはシャーロット。ミナトの命の恩人にして共にBarを経営するパートナーである超絶に美人のエルフである。家に帰ると美人のエルフが出迎えてくれる生活…。ミナトはこの世界にいるかどうか分からない神様に心の中で結構深く感謝した。


「ただいま!シャーロット!そっちは何もなかった?」


「ええ。静かなものよ。この前からウッドヴィル家の斥候っぽいのが遠巻きにこの店を見ているくらいね」


 ウッドヴィル家の斥候と思われる男はこの数日ずっとこの店を監視していた。来店してくれたらおもてなしをするのにと思ってしまうミナト。


「お客さんとして来てほしいけど、斥候さんには斥候さんの仕事があるぽいから仕方ないか…。彼にはこのまま頑張ってもらうとして、商業ギルドでは収穫があったよ」


「何かわかったのね?」


 笑顔で問いかけるシャーロットに頷くミナト。その時、二人は店の外に大きな魔力を感知する。


「デボラも帰ってきたみたいだし、何か飲みながら話をしようか…」


「カクテル?さっすがミナト!大好き!」


 そう言って嬉しそうにミナトの右腕にしがみつくとびきり美人のエルフ。女性に縁のないその辺りの男性が見たら殺意を抱くこと間違いなしの光景である。その柔らかい感触にミナトは落ち着かない気持ちとなる。


『もう少しきちんとこの世界で生きられるようになったらシャーロットと…』


 心の中でもその続きは言えなかった。ミナトはこの世界にきて当初の目標にしていた自分のBarを開店することはできた。しかし、たとえ一人であってもこの世界で生きていくことができるかと問われるとまだ自分に自信が持てなかった。シャーロットにはずっと世話になりっぱなしだと考えている。魔熊から命を救ってもらってから…、レッドドラゴンとの邂逅もBarの開店もシャーロットがいなかったら絶対にできなかったことだ。いつかシャーロットを助けることが出来るくらいの男になって…、肩を並べ…、横に並び立つ存在に…、おそらく悠久の時を生きているであろうエルフとそんな関係になれるのか…。今がとても充実していることは理解しているが、もっと先に進めるのか…、心の中に若干の悩みを生じるミナトであった。


「夕刻になりウッドヴィル家の門も閉じたのでな…。今日は帰宅したのだが…、………仲のよろしいことだ…。我も参加するとしよう!」


 ドアを開けて入ってきたデボラがじゃれ合うミナトとシャーロットを目の当りにしてそんなことを言ったかと思うと、瞬時に移動してミナトの左腕に引っ付いた。スレンダーなシャーロットに比べてデボラは背も高くかなり出るところは出ているスタイルなわけで…、


「デボラ!?」


「マスターも水くさいではないか!我はマスターの眷属だぞ?こういうことがしたいのであればそう言えばよいのだ。ちなみに我らの里の連中も皆同じだからな?」


 妙に艶っぽい笑みを浮かべ甘い吐息と共にそんなことを言ってくるのは正直困る。耐えられないかもしれないと思うミナト。


「い、いや…、そ、そんなに人数がいても……、ねぇ…」


 辛うじてそんな言葉を返してみるが、心に生じた悩みはどこへやら…。突然のハーレム展開に顔を真っ赤にして戸惑う。なぜかこういう時に限ってミナトの心を守ってくれていた【保有スキル】泰然自若が発動していないらしい。


「デボラ!ミナトは私の獲物パートナーよ!」


 ミナトの右腕をガッシリとホールドしてシャーロットが言う。


「ほぅ…、これは異な事をおっしゃる…。この世界にそのような決まりごとはないし、我はマスターの眷属だ。いくらシャーロット様の言葉でも我はマスターの命令には逆らえぬのだ!」


『こ、こんな命令出したっけ?それにシャーロットが言っているパートナーって…』


 嬉しいことはうれしいが恥ずかしい…。それにシャーロットはパートナーと呼んでいたがどうも充てられた漢字が違っているような気がしてならないミナト。


『たしかこんなときに素数を数えるなんてテンプレがあったような気がする…』


 そんなことを思いつつ先ほど生じた悩みはとりあえず忘れることにする。どうやらこの世界で二人と生きていくとは確定路線で何とかなりそうだと都合よく解釈した。


 そして一先ずここは二人を引きはがしカクテルをご馳走することに集中することで心を鎮めようとするミナトであった。

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