第87話 後悔させることにする
商会長の執務室と思われる一室で一人の冒険者の命が奪われた。死んで当然と言われるような悪行に手を染めていたのだろう。ミナトは【保有スキル】泰然自若の力なのか冷静を保っているが、魔法が使えるこの世界では命の価値が決して重くないことを改めて感じていた。
「いや~、私ともあろうものが~、取り乱してしまいましたね~」
再び気味の悪い笑みを顔に張り付けつつ男が商会長へと向き直る。
「そ、それで…、今後はどうなさるおつもりか?我が商会子飼いの冒険者崩れであればまた用意できますが…?婚礼の儀が執り行われてしまえばもうあの政策は…」
燃え崩れた冒険者の遺体から目を逸らし、心に溢れる恐怖を必死に押し殺した様子で商会長が男に問いかける。
『婚礼?政策?何それ?』
とミナトは思っているが話は続く。
「先代公爵のモーリアンは何も知らない筈ですが~、ミリム=ウッドヴィルは頭が切れますからね~。今回のことで何か悪い予感を覚えたかもしれませんね~」
「我らのように此度の政策を快く思わない者達が動くことを…?」
「ええ~、もう簡単に外出はしてくれないかも~、ですね~。ですから~、二人同時に狙いますか~?」
「そ、それは…?」
「ま~、計画はこれまで通り私が用意しますので~、あなたはまた手駒として使える冒険者崩れを用意して下さい~。今度はもうすこ~~し腕利きがいいかもしれませんね~」
気味の悪い笑みのままだが男から威圧感のある魔力が噴き出す。商会長は魔力を感じることはできないようだが、何らかの威圧を感じているのだろう。顔面を真っ青にし、身を竦めて固まっている。
「か、必ずや…」
辛うじて声を出した。
「ふふ~、お願いしますね~」
話が終わりに近づいているようだ。ミナトはどうするか悩んでいた。ここで姿を現して『こっちは全てを知っているぞ』ムーブをかましてその後、戦闘になったとしても恐らくミナトは勝てる。しかしそれでは先ほど商会長が『あの御方』と呼んでいた裏で糸を引いているタルボット家の何者かには辿り着けないかもしれない。こんな危険な連中の存在はここで終わらせるべきという考えもあるが、もしミナトがここにいる全員を斃したとしても、裏で糸を引いている『あの御方』が別の者に指示を出せばモーリアンやミリムが再び狙われる。それでは同じことの繰り返しだ。
そうであれば、敵を泳がせて全てが分かったところで一網打尽という天下の副将軍が全国行脚する番組と同じ対応がいいかもしれない。
『でもあの番組でもう少し様子を見ましょうって副将軍が判断すると犠牲者が出る時があるから微妙なんだよね…』
そんなことを考える。
「それにしても~、魔法が使える冒険者の三人組ですか~。魔法が使えるのに冒険者になりますかね~?男はどうでもいいですが~、美女二人というのは興味をそそられます~。魔法が使える美女が二人~、私の~、研究材料としてペットにしてあげたいくらいですね~、ヒヒ、フ、フヘ、フヘヘヘヘヘ~」
「こ、こ、こ、こちらで…、そ、その冒険者の…、情報を集め…、…ましょうか?」
余りの不気味さに商会頭の声は上ずり、顔は真っ青を通り越して土色だ。
「是非ともお願いします~」
ミナトは黙って話を聞いている。そして【保有スキル】泰然自若に感謝した。心が小物の戯言と解釈し、殺意などが湧かなかったのである。
このスキルがなかったら直ちに
『決めた…。ここは情報を貰って撤退する。モーリアンさん達を護りたいってところから関わったけど、これはもうおれの問題だ。おれの持てる力のすべてを使ってこいつらの計画は潰させてもらおう。シャーロットもデボラも強いけどね…。二人をその気持ち悪い笑み付きで狙ったことを後悔させてやる…。コンボはその時だ。先ずは婚礼と政策ってやつの情報を集めたい…。それとミリム…、いやウッドヴィル家からこの件に深く関われるような依頼を貰えるのが動きやすくて楽なのだけど…』
瞳に闘志を燃やしたミナトは今日のところは撤退することを選ぶのだった。
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