第84話 追跡先で聞く話

 絶対霊体化インビジブルレイスを発動したミナトは黒装束の者たちの中で、リーダーらしき人物の後を追い、二回目の経験となる夜の王都の街並みを屋根伝いに走る行為を続行中だ。


『あれ…?貴族街にあるスタンレー公爵の屋敷に向かうと思ったけど、これだと商業地区の方じゃないか?』


 黒装束の連中がミルドガルム公爵ウッドヴィル家の先代当主であるモーリアン=ウッドヴィルを襲撃したものと同類であるのなら黒獅子の紋章を戴くスタンレー公爵タルボット家の王都に構える屋敷へと向かうと踏んでいたミナトであるが、数人を従えた黒装束のリーダーは貴族街からどんどんと遠ざかる。


『以前の連中と比べると部隊の練度が低い気がする…』


 闇魔法がLv.MAXであり、シャーロットとデボラを従業員として傍らに置き、加えて人化したレッドドラゴンが頻繁にお客として訪れる店のマスターをしているミナトにとっては先日の襲撃者も追跡中の黒装束達も等しく相手にならない弱者であった。それ故、うまく彼らの強さを測れないが、前回の襲撃者の方が移動の様子を見る分には練度について高いと当たりを付けたミナトである。


 追跡を続けると黒装束達は大商会と呼ばれるような大店おおだなが集まる地区へと足を向ける。王都の中でも三階建て、四階建てといった大きな建物が集まる地区だ。


『この大店が集まる地区の向こうがスラムというかダウンタウンというか結構ルール無用の地域があるって話だったかな…。必要がなければ行かなくてもいい地区ってことだし、大商会にしてみると裏の仕事を頼みやすい立地になっているとかいないとか…』


 ここ数か月の生活で得られた王都の微妙な知識を反芻しながらミナトは追跡を続けた。すると黒装束達は地区の外れにある四階建ての大きな建物の裏口へと姿を消した。


『どこかの大きな商会の建物だよね…。商会名は後で確認するとして…。せっかくここまで来たんだし、いざとなれば戦闘もなんとか…。またよく分からない展開は嫌だしもっと情報を集めるか…。よし!今回は侵入してみることにしよう!』


 やる気を出したミナトは四階の屋根に移動する。建物の建坪はかなり大きい。相当な大商会であることが窺われる。すると都合の良いことに周囲を建物に囲まれる形で中心に大きな中庭があった。


『これは侵入しやすい…。ま、目立つ中庭に堂々と入る者なんていないか…。でもここに例外が一名…』


 そう心で呟きつつ中庭を覗き込むミナト。各階の窓にバルコニーが造られているが四階部分の明かりが漏れている一角…、特に豪華な造りのバルコニーが目に留まった。


『どう考えてもあそこに偉い人がいるよね…』


 強化された身体機能を活かしてミナトは屋根からバルコニーへと飛び込んだ。【闇魔法】絶対霊体化インビジブルレイスの効果で音はおろか風の流れすらも発生しない。


【闇魔法】絶対霊体化インビジブルレイス

 全ての音や生命反応を感知不能にする透明化に加えて霊体レイス化を施せる究極の隠蔽魔法。対象は発動者と発動者に触れておりかつ発動者が指定した存在。発動と解除は任意、ただし魔法攻撃の直撃でも解除される。追加効果として【物理攻撃無効】付き。ま、あると便利でしょ…。


『ラッキー。窓が開いているここから侵入をっと…』


 魔法の解説文によると今のミナトは霊体レイス化しているので、やる気があればある程度の物体はすり抜けることができるらしい。しかしシャーロットからの


「ここまで凄い霊体レイス化は見たことがないけれど、霊体レイス化の魔法って結構あるのよね。霊体レイス化した状態で物体のすり抜けを多用すると霊体レイス化が固定されるって聞いたことがあるからそれはやめた方がいいかも…」


 との言葉から試すのを止めているミナトであった。


 侵入したのは高い天井と広い奥行きがある一室だった。。その天井には大きなシャンデリア型の照明用魔道具があり、金持ちを連想させる派手な色彩の分厚い絨毯が敷かれ、趣味の悪い華美な装飾品が飾られている。


 ミナトが侵入したバルコニーへの入り口となる窓の反対側、そこにあるに入口から最も離れた部屋の奥に大きな石造りの高級そうな執務机が置か、そこには一人の男性が座っていた。でっぷりと太った男だ。テンプレの設定では絶対に悪い側の商会長である。執務机を挟んで立っているのはミナトが追いかけていた黒装束のリーダーだ。


『あれ?奥の陰にもう二人いるな…。あの黒装束は気づいていないっぽいけど…。それに隠れている方の一人って…。待て待て、今は何を話しているのかを聞かないと…』


 そう考えたミナトは彼らの会話に注目する。どうやら必死に何かを訴えていた黒装束のリーダーの話を悪役らしいでっぷりとした商会長が本気にしていないらしい。


「もう一度聞かせてくれませんか?公爵の娘は無事に屋敷に戻ったと聞こえましたもので…」


 不機嫌そうに言う商会長らしき男に黒装束の男は声を張り上げる。


「だから…、その通りだと言っている!!俺達は大森林の外であんたが用意した魔物使いテイマーの護衛をしていた。そうしたら突然その魔物使いテイマーが斃れちまったんだ!一応、部下にアジトまで運ばせているが恐らくあいつは再起不能だ!俺達の仕事はミリムという公爵の娘の護衛依頼を受けて大森林の奥に連れていくこと、そしてジャイアントディアーを見かけたら大森林の外へ逃げ魔物使いテイマーの護衛をすること、そして絶対に再度大森林に入らないこと、だったはずだ!!俺達は契約通りのことをした。そうしたらどこかの冒険者たちと一緒に無傷のミリムの奴が大森林から帰還してきたんだ!」


『なるほど…、彼らが逃げ出した護衛の冒険者か…。そして珍しいってシャーロット達が言っていたジャイアントディアーは依頼を受けた魔物使いテイマーが差し向けたもの…、ね…』


 彼らのかなり近くで聞こえてきたそんな内容にニヤリと笑ったミナトはもう少し彼らの話を聞いてみることにするのであった。

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