第80話 カシス・オレンジ完成

 ナイフを借りてオレンジを二つにカットするミナト。その姿は流石バーテンダーという堂々とした所作である。オレンジを絞って果汁を取り出すことはこの世界でも一般的なことらしく絞り機にも苦労しない。二つにカットしたオレンジを次々に絞る。


 日本にいたときはオレンジジュースを使うことが多かったが、果汁を使うという作り方も当然美味しい作り方である。今回はそれを採用することにした。


 作り方はキールにちょっと似ているが、こちらはグラスが異なるし氷も必要だ。ちょうどタンブラー型のグラスがあったので使わせてもらうことにする。


「シャーロット!このグラスに氷をお願いできる?」


「問題ないわ!ちょうどいい大きさを二個かしら、燻り酒のカクテル…、ウイスキー・ソーダの時と同じような?」


「そうそう!それでお願いします」


「任せて!」


 シャーロットがグラスに手をかざす。涼しげな青い光がグラスを包み込み…、


 カラン!カラン!


 グラスの中に立方体の氷が二つ出現した。


「ま、また水属性の魔法…、それもこのような小さな氷を作り出す精度の魔力操作とは…」

「こんな美しい魔力操作が…」


 再びモーリアンとミリムが驚愕しているのだが、驚き竦み上がっている二人は置いておくことにしてミナトはカクテルの制作を続ける。


 氷を入れたタンブラーにブラックカラント酒ことクレーム・ド・カシスを注ぐ。量は三十cc、ジガーとも呼ばれるメジャーカップは手元にないがプロのバーテンダーであるミナトはそれを問題としない。瓶から直接でも分量通り注げるのである。そしてそこにオレンジ果汁を百二十cc。分量の比率はキールと同じ一対四である。バースプーンも手元にないので細いナイフを借りて器用にステアし、グラスの下部分にカシスの色が残るように調整する。


 優雅かつ流れるようなその所作に周囲の者たちは息をのんでいた。


 そうして五杯のカクテルが出来上がる。今回作ったカクテルは…、


「どうぞ!カシス・オレンジというカクテルです」


 そう言ってモーリアン、ミリム、クレイン料理長、シャーロット、デボラへとグラスを差し出した。


「ミナト!頂くわ!」

「マスター頂戴しよう!」


 その存在が既に伝説級の二人は公爵家の面々を気にすることなくいつもの調子でカクテルを味わおうとする。


「こちらも先ずは私が頂きます」


 公爵家の三人ではやはり料理長のクレインから飲むらしい。


 そうしはとりあえずシャーロット、デボラ、クレインの三名がカシス・オレンジを味わう。


「これも甘くて美味しいわ!きっと女子に人気が出るカクテルね!最高よ!」

「ふーむ。キールにも驚いたが、この酒とオレンジの相性が良いのだな…。酸味と甘みが心地よい!流石はマスター!これも美味い!」


 二人はやっぱり絶賛してくれてとても嬉しいミナトである。


「う、美味い…。確かに美味い…。な、なるほど…。料理に使うのではなくそのままで果汁に混ぜてもこのように味わうことができたのですね…。先ほどのキールも私にとってはありふれた材料を使用されておりました。こちらもまた同様です…。つくづく自身の勉強不足が恥ずかしく…」


 クレインさんは先程のように意識を飛ばすことはなかったが、やはりシンプルなこのカクテルに気づけなかったことを嘆いていた。


「お二人も是非!」


「頂こう…」

「頂きます…」


 ミナトに促される形でモーリアンとミリムもカシス・オレンジを味わう。


「………これも美味い…。こちらの方が先ほどのキールというカクテルよりも親しみがあるのだろうか…。気軽に飲める酒といったイメージか…」

「………これは美味しいです!好きな味です!シャーロット様が言われたようにこれは女性が好む味だと思いますね…。これは…」


 二人にも高評価であったらしい。ただ随分と額に汗が目立っているし目が泳いでいる。何かを必死に我慢しているかのような様子だ。ミナトが少し疑問に思っていると、


「大旦那様、お嬢様、美味しいものは素直に感動して楽しまれては…」


 と執事のガラトナが耳打ちしているのが聞こえてくる。


「な、何を言っておるのだ…」

「ワ、ワタクシハ…」


 狼狽える公爵家の二人。きっと使用人の前で先ほどのような固まった姿は見せたくなかったのだろうと考えるミナトである。


『貴族は面倒ね…。落ち着いた威厳のある姿を使用人に見せることが義務であるとか思っているのかしら…』


 ミナトの心を読んだかのようにシャーロットがそう念話を飛ばしてきた。


『きっと貴族も大変なんだろうね…。でも彼らが悪い人には見えないな…、身分の違いってやつはあるのだろうけど、使用人とも仲良くやっているようだ…』


 そんなミナトの返答にシャーロットとデボラが無言で頷いた。


『この後、どんな風に話が進むのか分からないけどクレーム・ド・カシスは定期的に仕入れることが出来るように交渉しようと思う。さて…、そのあとはどうなることやら…』


『ミナトなら何があっても問題ないわ!それに私たちがいるしね!』

『その通りだ!マスターが心配するようなことは何もないぞ!』


 二人が念話と共に今度は片目を瞑ってみせる。極上の美人のその美しく可愛らしい姿を前に公爵家の屋敷にいることを忘れてしまいそうになるミナトであった。

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